31話



「間森さん!はぁ……はぁ……よかった、居た……ぁ」



 そんな声が不意に後ろから聞こえたのは、電話から16分が過ぎた頃だった。



「白雪さん? え、え?」



 そこには制服姿で、膝に手をついて息を切らしている白雪さんが居た。



 現実が受け入れられないまま、あたしは白雪さんを見つめる事しかできなかった。



「はい、どうぞ。忘れ物ですよ」



 差し出してくれたのは、あたしが通学で使っている黒いカバン。



 カバンは教科書とか毎日全部持ち帰っているから、結構重いはず。



 朝だからまだ何も出していなくって全部部入れっぱなしなのに、それを白雪さんは持ってきてくれたの?



「なんで?なんで、ここにいるの?」



「なんでって……。間森さんが飛び出しちゃったから、追いかけた。それだけですけど?」



 あたしに鞄を手渡すと、息を整えながら当たり前って感じで白雪さんは言っていつもの様に小首を傾げた。



 まだ息は上がっていて、ずっと走っていたのが分かっちゃう。



 でも、その理由はあたしが飛び出したから追いかけた?



 いやいや、待ってよ。



 飛び出したのはいくら感いい白雪さんでも予想なんてできないくらい急で、すぐに追いかける余裕なんてなかったはず。



 それにあたしだって無茶苦茶に走り回って、分からないうちにここに居た。



 だから、白雪さんにあたしがどこに行った手掛かりなんてものは何もない。



 スマホのGPS連動アプリなんてものは、お互い入れてない。



 ってことは、あたしの後を同じように飛び出して無茶苦茶に探し回ったってことしか考えられない。



「が、学校は……どうしたの?」



「あたしにとって、学校の一日より間森さんの一秒の方が大切です。でも、無事でよかったです。スマホ繋がらなくって、すっごく心配したんですから」



 いつものような柔らかな表情で、白雪さんはあたしの前に立っている。



 まさかと思ってスマホの着歴を確認すると、通話は白雪澄乃の文字でびっしり埋め尽くされていた。



 それだけずっと、ずっと白雪さんはあたしの事を心配してくれて探してくれていた。



 だけど、あたしにはそれが全然わからなくて、その戸惑いを白雪さんにぶつけてしまった。



「なんで……なんで!? なんであたしなんかが、そこまで大切なの!? あたしなんか、別に大丈夫だよ!子供じゃないんだよ!」



 言い終わると同時に、不意に乾いた音と初めての痛みを頬に感じた。



 驚いて前を見ると、肩を震わせてみたこともない顔をしていた白雪さんが居た。



 そこであたしはようやく、何をされた気が付いた。



 思いっきり、ひっぱたかれたんだ。



 あの温和な、人に手を上げるなんて絶対にしなさそうな白雪さんに。



「あたしなんか……? そんなバカなこと、もう絶対に……二度と言うの、やめてください」



 その声はいつもと違うくらい低くて、震えていて、出したい何かを必死に抑えているのがあたしに分かるほどだった。



「一番の特別なお友達が、あんな状態になったんですよ!? あたしを一番の特別って言ってくれたそんな間森さんを、あたしが!あたしが放っておけるとでも思ったんですか!? 迷いの中に居たあたしを助けて導いてくれた、羅針盤ともいえる間森さん。その相手を、こんなことで見捨てるって思ったんですか!? 何か飛び出しちゃったけど、そのうち戻ってくるでしょ。なんて、思えると思ってたんですか!」



 耐えきれなくなっただろう白雪さんの感情は、いつもから考えられないくらいの強さであたしにぶつけられた。



 怒ってた。



 あのいつも冷静で、温和な白雪さんが本気であたしに怒っていた。



 こんなこと、初めてだった。



 友達にこんなにはっきり怒られることは、今までのあたしにはなかった。



 うんん、親にだってこんなにはっきりと本気で怒られたことなんてなかったくらい。



「白雪さん……今、羅針盤って?」



「どうしました?」



 怒られたのも初めてで、あの白雪さんに感情のままの言葉をぶつけられたから頭がぐちゃぐちゃになった中でも、はっきりと聞こえた言葉があった。



「羅針盤……って言ったよね?」



 白雪さんは、あたしを確かに羅針盤って言ってくれた気がしていた。



「そうです」



 確かめるような呟きに、白雪さんははっきりと頷いてくれた。



「間森さんはあの時、確かにあたしの羅針盤でしたよ。迷っていたあたしを、正しい針路に導いてくれました」



 白雪さんの言葉は、いつだって真っすぐ。



 だから本当にあたしは一瞬でも、誰かの羅針盤になっていたって信じられる。



 それが分かっただけでも、視界がにじんでいく。



「それにあたしはこの前、約束しましたよね? あたし白雪澄乃はあなた間森ひなの一番の特別でいる。何があっても、どんなに変わっても一番の特別でいる。そう、誓います。って。だから、今日のようなことをした間森さんでも絶対に見捨てないです。それは、あたしの約束に違う事になるんですから」



 そうだ、白雪さんにとって約束っていう言葉には本当にすごい重みがあるんだ。



 何があっても、どんなことあっても守り通すという意味を持った言葉。



 だから、今もこうやってあたしの目に前に居てくれるんだ。



「だから、よかったです。こうして、無事に会うことできて」



 あたしとの笑顔の約束を果たした日に見せてくれた日に負けないくらいの笑顔を見た途端、あたしの身体の力は抜けた。



 子供のようにぺたんって、地面に座り込んでしまった。



 白雪さんはちょっとびっくりしたみたいだけど、仕方ないですねって感じで苦笑いをしてひざを折ってあたしに視線を合わせてくれた。



「まずは、落ち着きましょう。ちょうど、目の前にコンビニありますから」

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