30話
数日後。
みんなの前ではいつもと変わらず、白雪さんも何か特別なことをしてくれた訳じゃない。
だけど、あたしはあんまり気にしてはいなかった。
白雪さんは目に見えないところで、一生懸命考えて時が来ればしっかりとやる人。
だって、あたしにカラオケに誘われたからってあそこまで歌えるまで、こっそり歌の練習しちゃうような人だ。
あたしだけに教えてくれたんだけど、実は歌える曲は他にもあったけどどれもみんなが知らなそうなのばっかりだったから、知ってそうな曲を繰り返し練習したってことだった。
その時の白雪さんは、恥ずかしそうにはにかみながらも少し肩を落としていた。
そんなたまに見せる子供っぽいところも、あたしが白雪さんと一緒に居て落ち着く理由なのかもしれない。
今はきっとあたしと一緒に心の積み木を積み上げる方法っていうのを、いろいろ考えてる。
白雪さんは絶対に一人で焦らないでくださいとあの後、念を押していた。
『一人で焦って積んじゃったら、今と同じようになっちゃいますから』
そう言われたから、あたしは白雪さんを待つことにした。
今は、朝のホームルーム前。
あたしが自分の席でスマホを触りながらのんびりしていると、友達の一人がポンと肩を叩いてきた。
「ねー、間森ー」
「どうしたの?」
「この前の進路志望さー、何かいたの? 結構悩んでたみたいだけど」
「あ、え、一応書いたよ? もちろんだよ」
友達の話題にあたしは凍り付きながら、つい反射的に嘘をついてしまった。
それが分かった途端、あたしには今までにない声が聞こえてきた。
『嘘つき』
その子じゃない誰でもない声が、あたしにはっきり聞こえてしまった。
誰なのって思っても分からないその声は、頭にどんどん響いてくる。
『あーあ、嘘ついちゃったね』
『子供みたい、そんな嘘つくなんて』
『ひなって本当は、自分が可愛いだけの子供なんだ』
『ひなの嘘つき』
その声はたくさんの人の声になって、あたしの頭にどんどん響いてくる。
ぐちゃぐちゃの頭が次に感じたのは、周りの視線だった。
さっきまでは何も感じなかったのに、いつもと同じはずだって思うのに、今は全然違う。
全部がどれも冷たくって、見下していて、笑われていて、バカにしてるようにしかあたしは感じられない。
「あ、あの……え……と」
「間森?どうしたの?ねぇ?」
友達のかけた声も、あたしにはこんな風に聞こえてくる。
『さっきの嘘だって、あたしわかってるよ。それに、みんな本当は知ってんだよ? ひながそんな事しちゃうの子供だってこと』
「もうやめて!」
「えっ!?ちょっと、間森!?」
あたしは訳も分からず叫んで教室を、飛び出した。
もう、心が抑えられない。
ただあの場所から、一秒でも早くいなくなって一人になりたくってしかたなかった。
気が付いたら、無茶苦茶に走り回った結果、来たこともない場所にいるみたいだった。
――どうしよう。
とりあえずローファーに履き替える頭はあったらしいけど、鞄は持ってない。
手にお守りのように握られているスマホが、あたしの唯一の持ち物。
とりあえずスマホがあるから、ここから学校に戻る事に迷う事はない。
だけど、あんな風に学校を飛び出しちゃったわけだから、今から荷物を取りに行くはちょっと嫌だ。
あんな風に教室を出ちゃったのに、みんなにどう顔向けしていいか分からない。
それにきっと笑われるし、変な目で見られるに決まってる。
あたしが何であんなことしちゃったのか、今でも分からない。
あんなこと初めてで怖かったからと言っても、そんなもの理由にはならないはずだ。
友達もきっと心配してるし、困ってるはず。
当然、白雪さんも。
時計を見ると、まだ朝の9時を少し過ぎてるくらい。
学校に戻った方がいいのは分かってるけど、身体がどうしても向いてくれない。
「どうしよう……。え?」
そんな不安に飲まれそうな時、あたしのスマホが震えた。
「白雪さん?え?」
今の時間はどう考えても授業中で、あの真面目な白雪さんが授業中に電話するなんてありえない。
でも、あたしの手の中のスマホは、かかってくるはずのない白雪さんの着信を知らせてる。
「もしもし……?」
「間森さん!今どこなんですか!? 何、見えますか!?」
つないだ瞬間、スマホ越しに聞こえたのはかなり怒ったような、強い白雪さんの声。
それも、はっきり聞こえてるくらい息切れが交じっている。
「え、えっと?」
「いいから、教えてください!」
「あ、え、えっと、コンビニ見えるけど?」
「なんので、支店名は!?」
「えっと、セブンワークスの、鷹が丘支店って書いてある」
白雪さんの聞いたこともない気迫に気圧されて、あたしはただただ聞かれたことに返していく。
「っ!方向同じだけど、結構、遠くまで……。でも、分かりました!そこで、待っててください! 20分で……いえ、15分で!」
「え?あ、切れた……」
初めて聞く白雪さんの舌打ちのような音の後に、さらに激しくなった息切れの声と共に電話が切れた。
あたしはポカンとしながらも、白雪さんの言葉のままこの場所で待つことにした。
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