29話

「え?」



 驚いて顔を上げると、あたしの目の前であたしとの約束を守ってくれた時のような笑顔を浮かべている白雪さんが居た。



「間森さん、よく聞いてください。間森さんはあたしから見ても大人です。でも、ちょっと間違ったのかもしれないです。だから、これからは大人になっていくためにあたしいろいろと一緒にやったり、考えていきたいと思います」



 どういう事?



 間違ったって、どういうこと?



 何をしていけば、あたしは白雪さんの言うように大人になれるっていうの?



 でも、それを白雪さんは教えてくれるっていう事は、その方法を知ってるってことだよね。



「何をすれば……?」



「はい。具体的にはまだ何も言えませんが、今の間森さんは間違って積みあがった積み木みたいな感じですのでその積みなおしですね」



「積み木?」



 縋るような気持で聞くと、白雪さんはいつもの対面じゃなくてあたしの横にちょこんと座った。



「大人になりたい、なりたいって、間森さんは一人で一生けん命に積み木を高く積み上げてきました。それは、本当にすごいことで、よくここまってあたしも感心するくらいです。高さだけなら、クラスのだれよりも高く大人の領域に届くくらい高くなっています」



 白雪さんの顔は本当に真剣で、いつも以上に気持ちがこもっているのが伝わってくる。



 ゆっくりはっきりとした真っ直ぐな声が、あたしの心に染みこんでいく。



「でも、肝心の基礎部分が全然ダメなんです。それもそれを無視して焦ってそこに積み上げてしまったから、もうぐちゃぐちゃのいびつな積み上がり方になっています。それがどういう危険性を持つことか、わかりますか?」



 分かんないって思って首を振ると、白雪さんは自分の机からアクセサリーの入っていたっぽいケースを何個かとクッションを持ってきた。



 そしてクッションの上にちょっと苦労して、箱を何個か縦に適当に積んでくれた。



「今の間森さんはこれと同じような感じです。これを、こうすると――」



 一番下の箱をとんとはたくと、ケースは音を立ててすぐに崩れてしまった。



「こういうことになります。ちょっとの外的ショックで間森さんが必死に積んできた大人っていう積み木の塔は、あっけなく崩れてしまうんです。当然ですよね、基礎が出来てないのにいびつに積み上げちゃったんですから」



「え……それって、あたしどうなっちゃうの?」



「何がショックになるかは、あたしは間森さん当人でないからわかりません。ただ、今まで自分を作り上げていた物すべてがばらばらになってしまって、自分が分からなくなるんじゃないかって思います」



 自分が分からなくなる。



 白雪さんから出た言葉は、あたしをぐらつかせるには十分だった。



 そんな事になったら、あたし自身どうなっちゃうかは想像もできない。



「他の皆さんは基礎がある程度しっかりしてますから、崩れても積みなおすことも簡単です。でも、間森さんにはその基礎がありません。つまり、大人になるための基礎がぐらぐらなんです。だから、ショックにも弱いし、崩れてしまった時に一人で積みなおすのは相当困難であるのは容易に想像できます」



 そんな事、絶対に嫌だ。



 あたしは何としても早く大人になりたいのに、そんなことになったら子供に戻っちゃう。



 せっかく今みんなより大人なのに、みんな以下になっちゃうなんて絶対に嫌だ。



「そんな……。あたしは、これからどうしたらいいの?」



「積み木と一緒ですよ。正しく積みなおすためには、一度崩すしかありません。特に間森さんは、間違って不安定な積み木なんですから」



「でも、今から積みなおすの? そんなのじゃ、間に合わないよ!」



 あたしの泣きそうな不安な声にも、白雪さんは動じない。



「間森さん、今回は一人じゃないです。あたしが一緒に間森さんの心の積み木、積んであげます。間森さんが大人になるため一緒に、積んであげます」



 そして不意に、あたしの手をそっと握った。



 やわらかくて細い白雪さんの指が固く震えていたあたしの手をほぐして、絡みついてくる。



「だから、安心してください。もう、一人でやみくもに大人になろうって積み木を積まなくていいんですよ。迷ったら、一緒に考えることだってできます。もちろん、みんなには内緒です。間違って積んだ心の積み木を、あたしと一緒に崩して積んでいきましょう。そのために一番の特別の友達のあたしが、何があっても、どんなことがあっても、周りに何を言われても必ず側に居ます」



 そして、一段と白雪さんの顔が近くなった。



 向けられている真っすぐな瞳はいつもの柔らかさじゃなくて、真っすぐで力強かった。



「間森さんが心の積み木を積みなおす過程で、どんな間森さんが出てきてもあたしは受け入れます。それが、あたしにはできます」



「どうして、そんなこと言えるの……?」



「だって、一番の特別な友達同士なんですから。あたしたちは」



「あっ……白雪さん、それ……」



「お約束します。あたし、白雪澄乃は、あなた、間森ひなの一番の特別でいる。何があっても、どんなに変わってしまっても一番の特別でいる。そう、誓います」



 白雪さんの言葉に今まで感じたことのない不思議な、でも決して嫌じゃない感情が、心からあふれていく。



 でも、どこかで嘘だって思っていたあたしの思いは次の言葉で打ち消された。



「あたし、約束守るのだけは得意ですから。間森さんはその事、知ってますよね? だから、さっきの誓いの意味がどういう意味かも分かりますよね」



 そうだ、白雪さんは約束を守るのが何より大切なんだ。



 だから、郡司先輩にあんな無茶苦茶なことを命令されてもそれを守って、あたしとの初めての約束もあんなにも本気で守ってくれた。



 その白雪さんが、あたしに約束をしてくれた。



 その真っ直ぐなキモチに気が付いた、あたしの心はもうダメだった。



 あたしの手は、白雪さんの身体をぎゅっと引き寄せていた。



「ありがとう……っ」



「大丈夫です。もう、一人じゃないんですからね」



 あたしの事を戸惑いも振り払いもせず、白雪さんはゆっくり優しくそんな言葉をかけてくれた。



「だから、また積みなおしましょう。あたしと一緒なら、間違わないで積みなおせますよ。今度は間違わずに、しっかりと基礎を持って大人の高さに。誰よりもきれいに積みなおせますよ」



 ああ、あたし大人になれるんだ。



 白雪さんと一緒なら、あたし、大人になれるんだ。



 今までは一人だったからダメだったのかもしれないけど、二人なら、白雪さんとなら、きっと大丈夫。



 あたしはその感情に、身を委ねた。



 きっとこれが、安心っていうんだろうなって思いながら。

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