27話



「もう、見てられません」



 約束を破って一週間後の放課後、一緒に帰るために廊下を歩いていた白雪さんが苦しそうに漏らした。



「え、何が? 白雪さん、どうしたの?」



「最近の間森さんです。一番の特別な友達として見守っていようと思いましたけど、もう限界です」



「いや、だから何? あたしは別に何も変わってないよ? まぁ、二学期の中間近いから少し緊張してるけどさ」



 別にいつもと変わらないと思ってるし、周りの友達もそんなこと言ってない。



 だけど、白雪さんはあたしの返答に寂しそうに視線を落とした。



「気が付いてないんですね。でも、あたし見てられませんよ? 間森さんが焦ってるの」



「焦ってるって、何? あたしは何も――」



「いい加減、認めてください。将来が不安で、焦ってるって」



「え?」



「最近の間森さん、明らかに焦ってます。あたしとの勉強会の時も、ケアレスミスが倍増してます。その間違いをあたしなりに振り返ったのですが、丁寧にいつも通りこなしていけばなんてことない場所ばかりです。前の間森さんなら、一つ一つ丁寧に時間がかかっても確実に覚えていったのに、今は数だけを単にこなそうっていう姿勢ですよ」



 確かに白雪さんとの勉強会で『ケアレスミスが増えてますけど、どうしたんですか?』って聞かれたけど、まさかここまでしっかりミスの原因を考えられてるなんて思わなかった。



 でも、それと最近の様子なんて関係ないはずだから、さすがに言いがかかりだと思う。



「それだけじゃありません。みんなと話してるときも、周囲にイライラしてます。みんなには分からなくても、あたしには分かります。本当に、最近どうしちゃったんですか?」



「別にどうもしてない!……あっ」



『そんないい加減な事、言わないで』っていう感情は、反射的に大きな声として出ちゃった。



「そういうところですよ、間森さん」



 恐る恐る顔を横に向けると、あたしを見る白雪さんの目は氷のように冷たくて、口調は感情が消えたように平坦だった。



「あ、あた……」



「今、あたしの言葉に怒りましたよね。以前の間森さんなら、あの程度なら軽く流せる『大人の』余裕を持っていたはずです」



 戸惑うあたしに向けられる白雪さんの口調は、どこか苦しそうだ。



「先ほどの発言は、確かめたくて試してしまいました。気分を害したこと謝ります。でも、確信しました。あたしの感覚は間違ってないって」



 俯いているし、長い前髪で白雪さんの顔は分からない。



 でも、声は少し震えていた。



「間森さん、あたしは一番の特別な友達です。あの約束通りあたしを導いてほしいのは、今も変わってない。同じです」



「約束……だもんね」



 あの約束を信じているからこそ、間森さんはあたしの側に居てくれる。



 勉強にも付き合ってくれて、相談にも乗ってくれる。



 あたしのした事のないいろんな経験と、真面目に取り組んできた勉強であたしを導いてくれている。



 でも、それは白雪さんが約束を信じているからに違いない。



 離れちゃうかも例ない不安と約束って言葉が白雪さんにとってどれだけ重い物か分かっているあたしは、言葉を濁すような事しかできなかった。



「だけど、あたしにだって間森さんに何かできる力はあります。あるって、あたしは信じてます。それとも、あたしはそこまで頼りないですか? なら、教えてください。間森さんのお役に立つには、あたしはどうしたらいいか。どうやったら頼ってもらえるか、あたしに教えてください! 間森さんは、あたしより大人なんですよね!? だったら、教えてください!子供のあたしに、大人だったら教えられますよね!?」



 一気にぶつけられたそれは、白雪さんが初めてあたしに向けられた激しい想いだった。



 ああ、ダメだ……。



 あたしが白雪さんを導けるような大人なのか、それともそんなのが実は嘘な子供なのか。



 もう、訳が分からなくなっていた。



 違う、もう分かってる。



 あたし、白雪さんよりも子供。



 導いていける、大人なんかじゃない。



 だけどそれを認めるなんて言えるはずもなくって、ただただ沈黙の時間が流れていく。



「間森さん、門限とかはお家は厳しいですか?」



「ううん、ちゃんと連絡すれば大丈夫だよ」



 沈黙を破ったのは、さっきとは正反対のいつもの柔らかい白雪さんの声だった。



 まだごちゃごちゃだったので、良く考えないまま白雪さんに返した。



 さすがに泊りとなるとダメだけど、事前連絡すればあたしの家は問題ない。



 それは、きっとあたしは大人として認められてるからだって思ってる。



「なら、うちに来ませんか? 今の間森さんの状態で、いつものように勉強会は無理でしょうから、今日はうちでやりましょう」



「白雪さんの家で?」



「今までは教えてもらう方に来てもらうなんて、失礼でしたから。もちろん、それは変わりませんけどね」



「でも、何で今日は?」



「気まぐれと、今の間森さんを間森さんのご家族にお見せしたくないからです。あたしが居たのにも関わらず、こんなになってるのを見られてしまったらあたしの立つ瀬がありません」



 それにって言って、白雪さんはあたしを覗き込んだ。



「あたしの家、誰も居ませんから。今の間森さんでも何も気にしないで、大丈夫ですよ。うちで落ち着いて勉強して、その強張った顔と心をほぐすお手伝いが出来ればと思います」



 白雪さんと、本当に二人っきり。



 その言葉は今のあたしには、何よりも甘い誘惑だった。



 さっきまでは認めたくなかったけど、今のあたしは相当不安定。



 白雪さん以外誰もいないなら、少しは落ち着く時間にはなりそうって思った。



 勉強会はやっぱり今日も少しでもやりたいって思ってたから、それも好都合。



「じゃあ、今日は白雪さんの家で、お願いするね」



「はい。では、行きましょう」



 いつもとは逆であたしの半歩前を歩き出した白雪さんの後ろを、あたしはいつもの白雪さんのようについていった。

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