22話

 進路志望は締め切りまで、結局のところ何も書けないで白紙で出しちゃった。


 先生には、まだ焦らなくていいとは言われたけど心配もされた。


 あれから、あたしはちょっとクラスでおかしくなっている。


 たぶん友達とかは気にしてないっぽいから、あたしの中でだけの変化。


 友達と話すとき、大人っていうのをすごく意識するようになっていた。


 今まではあたしは大人だからこうするのが当たり前っていう感じだったのに、今はあたしって本当に大人が出来てるかなって迷いが出ちゃってる。


 前まではこんな事なかったのに、今は何気ない会話の一つ一つがすっごく疲れちゃう。


「間森さん、どうですか?これ」


「え?」


「カモミールのお茶です。落ち着きますので、お口に合えばぜひ」


 昼休みご飯を食べてスマホをいじっていたあたしの横に、白雪さんの声と一緒にことんと小さなコップが置かれた。


「なんで?別にあたしは……」


「さすがに、あたしとしては放っておけません。その顔、どうしたんですか?」


「何でもないって、大丈夫だよ」


 あたしは他人に心配されるような子供じゃないし、大丈夫。


 それに、顔もいつもと変わらないはず。


 いくら、察しがいい白雪さんだからって気にしすぎなんだと思う。


「そうですか、何かあったら言ってくださいね。あたしは間森さんの一番の特別なお友達なんですから」


 ああ、もう白雪さんは……っ。


 そうだよね、あたしと白雪さんはみんなとは違う一番の特別な友達なんだ。


「でも、放課後、ちょっとお話ししましょうか。いつもの場所で」


「ありがとう」


 こっちの気持ちを分かり切ったかのような白雪さんのお誘いに、あたしは肩の力が抜けたのを感じた。


 なんだかんだ言って、溜まっているものはあるから白雪さんと話したいって思いはあった。


 白雪さんはみんなとは違うから、大丈夫。


 こうして気にかけてくれるのは、やっぱり特別な関係だからだってあたしは改めて思った。




 放課後に白雪さんと二人っきりで話す場所は、大体決まっている。


 校舎裏のちょっと奥まった場所。


 日陰で風も抜けて、静か。


 それに部室棟からも離れた校舎裏だから、白雪さんが言うには教師も他の生徒も来ない場所らしい。


『お兄ちゃんに教えてもらったんです。今は必要なくなりましたから、誰も来ないと思いますよ』


 初めて案内されたとき、白雪さんはそうあたしに紹介してくれた。


 教室とかでもいいと思ったんだけど、急に誰か来たら困るって言われたので確かにそうだ。


『あたしと間森さんが親しいって知ったら、色々考える人はいますからね』


 淡々と言っていたけど、そんなの子供のすることだし、白雪さんやあたしのような大人は気にすることじゃないと思うんだけど、白雪さんは違った。


『学校に限らず集団が暮らす社会では、ある程度の和が必要です。間森さん4月に初めてみんなと出会い、クラスの中で和というものを作って、みんなを導いてきた人です。そんな大人である間森さんがその和を乱したらみんなが困ってしまいますよ。それは、大人のすることではありません』


 ほんと、白雪さんはこういう時は本当に大人なんだって思う。


 自分の事だけじゃなくて、ちゃんとみんなの事も考えられる。


 それも、白雪さんがキッパリ言うってことはいつもより真剣で本当にあたしに伝えたいときだからあたしもしっかりと受け取った。


 だから、しっかりと話す時はこの場所で二人っきりっていうルールが出来上がっていた。


「ごめん」


「謝らないでください。一番の特別な友達相手に遠慮は不要ですし、ダメでしたらあたしも断ってますから」


 つい謝っちゃうあたしと、それを受け入れてくれる白雪さんのやり取りがお話しの開始にいつもなっていた。


「どうしたんです? 最近、顔怖いですよ」


「うん、ごめん」


「大丈夫です。みんなは、そこまで気にしてないみたいですから」


「え?」


「気が付いてないんですか。間森さん、自分のことだけで一杯になっちゃってますよ。子供じゃないんですから、しっかりしてください」


「ごめん……大人なのに」


 白雪さんの言葉はいつもあたしに刺さるけど、今日の言葉は特別痛い。


 今のあたしは子供だし、しっかりしてないなんて真っすぐに言われると痛みは数倍増し。


「ねぇ、みんなも気が付いてるの?」


 あたしは自分勝手に心に積もった不安を、顔も見ないで白雪さんにぶつけた。


「間森さんが席を外したときに、ちらちら心配の声が聞こえてます。だから、近しい人は気が付いていると思いますよ、間森さんの変化」


 ああ、やっぱり。


 あたしは、脱力してうなだれた。


 みんなに心配なんてされてるなんて、あたしの中では認めたくない事。


 白雪さんがこんな嘘をあたしに言うなんて思えないし、その必要もないはず。


「何が不安か……なんてことは聞きませんよ」


「え?」


「間森さんに無理やり話させるというのは、あたしはしたくはありませんから。もちろん無理やり聞いて、その答えを一緒に考える。それも一つですが、あたしは間森さんに対しては言うまで待つ。そうしていきたいと思ってるんです」


「どうして……?」


「だって、間森さんは大人ですから。自分の困ってる事、どうしたいかってことを誰かに言われなくても自分から説明できると思ってます。それに、聞きだすなんて子供に対しての接し方をするのは失礼だって思いました」


 顔を上げると、白雪さんは特別な言った様子もなくあたしに小首を傾げていた。


 それはまるで


『間森さんはあたしの思ってる大人とは、違うんですか?』


 って、あたしに聞いてるみたいだ。


「ありがと」


 そうだ、あたしは大人。


 白雪さんがそう言ってくれるなら、あたしは大人だってより思える。


 だったら、あたしが言うって決めたときまで待ってくれるはずだ。


「ともかく、何が原因かは分かりませんが、遊ぶなどして気晴らししたらどうでしょう。最近、どうもそれをしていないように思えますよ」

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