21話
学校から帰ったあたしは、自分の部屋でぼんやりとしていた。
あたしは、大人になりたい。
その気持ちに、嘘なんてない。
その為にいろいろやってきたつもりだし、それが正しいと思っていた。
あたしの中での大人っていうものを、あたしなりに目指してたつもり。
でも、改めて考えてみると具体的じゃなかった。
あたしがなりたい大人がどういう人かって、はっきりとは分かってなかったんだ。
大人。
その言葉があたしの心に、ずしっとのしかかる。
「何なんだろう……あたしの目指してた大人って」
不安は言葉として、自然にこぼれた。
でも、諦めるなんて嫌だ。
絶対に、絶対に嫌。
よくわかんないからなんて理由で、みんなと同じような子供のままでいいなんて思いたくない。
あたしはみんなより大人にならなきゃいけないし、大人じゃなきゃダメなんだ。
突っ伏していたけどちらりと顔を上げたあたしの目に、小さなキーホルダーが目に入った。
羅針盤。
それは、あたしは大人にならなきゃいけないって思ったきっかけ。
あたしは、羅針盤になりたい。
あたしは小さい頃からみんなのリーダーみたいな感じで、幼稚園でも学校でも中心にいた。
もちろん、勉強や運動が一番だった訳じゃない。
だけど、みんなが頼ってくるのはあたし。
それがあたしにとって当たり前だったから、自然としっかりなきゃって思ってた。
だって、頼ってくれたからには、失敗するわけにはいかなかったから。
もちろんあたしだって完璧人間じゃないから、失敗だってしてきた。
だから、あたしは思ったんだ。
『大人になれば、もっとみんなをちゃんと導いていける』
って。
その目標を形として持っていたくて、大切にしているのがこの羅針盤のキーホルダー。
出張に行ったお父さんが、あたしのために買ってきてくれたもの。
理由はわかんないけど、あたしにはぴったりで今でも大切にしてる宝物。
子供のころ思い出の物を大切にするなんて、子供っぽいからみんなには秘密なんだけどね。
人を正しく導いていける羅針盤に、あたしはなりたい。
だから、あたしは大人になりたいと思っている。
そこまではあたしも分かってる。
でも――。
「分からないよ、大人」
あたしは大人をしっかりと分かってないってことが、今日わかっちゃった。
世の中、いろんな大人がいる。
お父さんやお母さんだって立派な大人だし、街行く人だって画面越しで見てばっかりの人の中にも大人はいる。
でも、そのそれぞれが考えてみればどれも違う大人。
「白雪さんなら、わかるのかな……」
あたしの手は自然にスマホを掴んでいたけど、そこではっと気が付いた。
ダメだ。
いくらなんでも、こんなことはダメだ。
白雪さんはあれだけしっかりした考えを持ってるし、何よりいろいろな大人と付き合っている経験はあたしより多い。
だから、大人っていうものを知ってるはずだけど、これを聞いちゃダメ。
あたしが大人を知らないのに大人を目指してるなんて知ったら白雪さんは呆れて、きっとあたしから離れちゃう。
大人として白雪さんを引っ張っていってるのに、あたしが大人っていうのが分からないってわかったら?
そう考えただけで、怖い。
一番の、特別の友達が離れていく。
それも、一番の特別になっていいってあたしから言ったのに。
嫌だ。
そんな事になったら、あたし自身が子供ってレベルじゃなく子供に思えちゃう。
「でも、どうしたら……いいの? 大人になるって」
現実見ないで夢ばっかり見てる、あたしの嫌いな子供は実はあたしだった。
それがたった一枚の紙が突き付けた、あたしに対する現実。
大切な目の前の羅針盤は、ただいつもと変わらなく静かにそこにあるだけだった。
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