9話

 あの後、不思議な喫茶店で白雪さんと過ごした時間は楽しい時間だった。


 学校でというよりも、今まであたしが見てきた白雪澄乃と言う人間がどれだけ作られてきたものかって事が分かった。


 お店での白雪さんも当然、同じところはある。


 気づかいはできるし、頭がいい感じなのはそのまんま。


 でも、変わってることは確かにある。


 妹とかって印象がある、子供じゃないってこと。


 はきはきしゃべるし、背筋もピンッとしてて凛としてる。


 それに考え方がすごく、大人びてるような感じだった。


 あたしが悩んでいたバイトについて聞いてみたんだけど


『労働の対価でお金を得るというのは、責任の分別が難しい子供にはできない事です。お手伝いという名目で、親からお金を貰うことはできます。でもそれは家族なんで。相手はあくまでも家族ですから、いくら頑張っても子供として見られますよね。大人になるためには、家庭の外に想いきり出て間森さんが一人の人間として見られるアルバイトと経験と言うのは、良い経験になるのではないでしょうか。もちろん勉学に影響が出ないことが条件でありますし、間森さんの不安も分かります。でも、間森さんはその辺りがコントロールできない子供ではないとあたしは思いますから。良かったら、何件か紹介しますよ』


 白雪さんの口からは、そんな言葉がさらっと出てしまうのだ。


 それも、こっちはポカンとしてるのにウィンナーコーヒーっていうのを飲みながら、当然って感じの涼しい顔をしてた。


 今日の服もあるけど学校での自信がない表情は微塵もなくって、変かもしれないけど現実の人間とは思えなかった。


「あのさ、白雪さん。学校だとなんでこんな風にしないの?」


「だって、お兄ちゃんのために。あたしはバカな妹じゃないといけなかったんですよ。頼られたときにだけ、ちょと本気を出す。じゃなきゃお兄ちゃんが、すごいって見られないじゃないですか。大事なお兄ちゃんがあたしより何かあって下なんて見られたら、あたしは死ぬほど辛いんです」


「服や髪も先輩の為?」


「当然です。服とか外見は全部、お兄ちゃんの好きに合わせてましたから。こういう服や髪、お兄ちゃんはキモイって思ってるの知ってますから」


 夕暮れでコツコツとブーツを鳴らしながら半歩後ろをついてくる白雪さんからこぼれたのは、そんな本音だった。


 この子は、本当に不思議だ。


 こんなに頭が良くっていろいろ考えられるなら、もっともっと先輩を引っ張っていく普通の女の子の道を選べたはずだ。


 なのに、妹と偽りの姿での彼女という立場にこだわった。


 その理由は、あたしには全然分からないままだった。


 ただ、白雪さんが本当に先輩の事を好きだったってこと。


 お兄ちゃんって慕っていた郡司先輩が、誰よりも大切って思っていたこと。


 そして、特別な存在だったってこと。


 それだけは、本当の気持ちだったと確信していた。


「間森さん」


「何?」


 別れ際、白雪さんはあたしの手を掴んで引き留めた。


「今日のあたしを見て、どうでした? 正直に言ってください。あたしのキャラじゃないとか、こんな服止めた方がいいとか。やっぱり前までのあたしがいいとか、何でもいいです!」


 その訴えの目は真剣で、真っすぐ。


 名前の澄乃っていう言葉がぴったりなくらい、真っすぐだ。


「あのさ、正直に言う。もっと笑ってよ、白雪さん」


「え、笑うですか?あたし……笑っても可愛くないですよ。きっと」


「そんな事ない。今日ちょっと笑ってくれたの、すっごくよかったよ? 前まで見せてくれた遠慮した困った感じより、今日見せてくれた方が何倍も可愛かった。そうやって笑えるようになったら、きっと先輩が居なくても大丈夫になるんじゃない? 服だって確かにちょっと変わってるけど、似合わないって程じゃないしさ」


 それはあたしの正直な気持ちだった。


「あ、あ、あのっ」


 白雪さんはそう言った後一度だけ、言葉を飲み込んだようなそぶりを見せて、その後さらに真剣な目をあたしに向けてきた。


「あたし、ちゃんと頑張ります。今日、間森さんに言われた事、絶対、絶対、守ります。ちゃんと、ちゃんと、頑張って、笑えるように頑張ります。あたし、約束守るのは得意です。だから――あたしはこれからも側にいても、いいですよね」


「もちろんだよ、白雪さん。いつか笑えるようになったら、あたしも嬉しいから。約束、守ってね」


「はいっ! 


 そんなにって思うくらい念を押してくるけど、そこはまだ不安なんだろう。


 誰かとの約束っていうのは、きっと白雪さんの中で大事な方向を示す羅針盤みたいなものなんだろう。


(いつかこの話も、白雪さんにならできるかもしれない)


 羅針盤と言う言葉があたしに頭に浮かんだ時、ふとあたしは思ってしまった。


 誰にも言えなかった、ちょっとあたしの変わった思い出。


 でも誰かに話してみかった話を、もしかしたら白雪さんにならできるかもしれない。

 目の前で真剣に頷くのを見て、そんな風に思ってしまった。

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