8話

 白雪さんが連れてきてくれたのは、高校生と言うあたしの年齢を考えるとちょっとに似合わない場所だった。


 喫茶店は喫茶店かもしれないけど、昼なのに中の明かりは白雪さんの表情が分かるかどうかってくらい暗い。


「ここのウィンナーコーヒーお勧めなので、良かったらどうぞ。あ、今回はあたしが出しますのでどれでも遠慮なく」


「あ、あ、ありがと」


 ウィンナーコーヒーって言われても、全く分からないのでとりあえずの言葉を返しておく。


 ともかく初めての場所で、落ち着かなくきょろきょろしてしまう。


 内装も普通の喫茶店とは明らかに違うし、音楽の類も一切流れていないし何となく今いる場所は隅っこで狭い。


 今まで行ってきた喫茶店とは、全然違う。


 それに違うのは、目の前の白雪さんもだ。


 目の前で脚を組んでスマホを操作してる姿は、どう見たってあたしが見てきた白雪さんとは別人だ。


 それは服装だけじゃなくて雰囲気も。


 今の白雪さんはどこか怯えて小動物みたいに可愛く大人しいっていうよりも、自信があって堂々としていて。


 ――


「あの、間森さん?どうかしました?」


「ああ、うん、大丈夫、大丈夫だよっ」


「それで注文……決まりました?」


「えっ、あ、ごめ、よくわかんなくて」


 すっかりペースを乱されたあたしは、慌てて子供のような反応をしてしまった。


「じゃあ、お任せでも? 初めてのお店なら、何がおいしいか分からないですから仕方ないですよ」


「うん……」


 ああ、もうなにやってんだ、あたしは。


 これじゃあたしが子供で、白雪さんが大人じゃない。


 目の前で店員さんに慣れてるように何やら分からないものを注文した後、白雪さんは深々と頭を下げてきた。


「あの、今回あたしがこんな格好してたのはみんなには絶対に黙っていてください」


「まぁ、あたしはいいけど。なんで?」


「なんでって……。あたしがこんな格好してたら、余計に変だって思われます。お兄ちゃんが居なくなってただでさえ、学校に居にくいですから」


「うーん」


 その気持ちは、分からないってことはない。


 確かに白雪さんのイメージとは真逆の服だし、確かにバレ方によってはさらに学校で浮いてしまう。


 だけど、もしかしてと思って一応聞いてみる。


「あのさ、もしかしてこっちのが本当っていうか……えーと、その……」


「そうですね、こっちの方が素のあたしに近いですね。ごめんなさい」


「あ、そうなんだ」


 どう聞いたらいいかって詰まっていると、しっかりと白雪さんが答えてくれた。


「あの、だからお願いです。本当に黙ってて――」


「あのさ、みんなは驚くかもしんないけど……いや、最初はあたしもびっくりはしたけど、その、さ、そっちがらしいんだったらそっちで居なよ。もうさ、妹しなくてもいいんでしょ?」


「あの、間森さん?ダメです!あの、みんなは、その……」


「先輩の側にいつもいる妹としての白雪さんしか、みんな知らないから? そんなの、無視しちゃいなよ」


「なっ!?」


「だって、よく見たら似合ってるもん。髪形もおさげじゃなくって、こっちの方が似合ってるよ」


「えっ!?」


「まぁ、いきなりみんなの前では無理だろうから、あたしの前はこっちで居てもいいよ」


「嘘……」


「嘘いう必要、ある? まぁ、こんな場所に連れ込んでだから、あたしの言葉信じられないかもしれないけど」


 ふるふると、白雪さんは首を振った。


 だけど、信じられないって表情はしてる。


 ああ、そうなんだ。


 きっと、郡司先輩の側にいる『妹』でいるために必死で、白雪さんなりにもう一人の白雪澄乃を作っていたのかもしれない。


「白雪さん。大丈夫、似合ってる」


「ありが……とうございます。あっ、来ましたよ。ここ、どれも美味しんですけどウィンナーが一番あたし、好きなんです。一緒に、飲みましょう」


 その時見せてくれたのは、控えめだけど確実な白雪さんの笑みだった。

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