八、光②
「青い目は入れたよ」
思いがけない答えだったので、驚いた顔でもしたのだろうか。ヒカルはしたり顔で小さく笑った。
「ただね、びいどろではなかったんだ。他の物でごまかしたんだけど、見破られてしまったようでね」
そう言ってから、「ああ」とヒカルは加えた。
「びいどろはね、
人形の話になると、ヒカルは目を輝かせながら話す。
一緒に笑っていたかったが、青い目の話では上手く笑うことができなかった。
「瑠璃の……瑠璃の目を使うことはできなかったのか?」
直義は迫るように聞いていた。
「瑠璃の体は、あのあばら家のすぐそばに埋めてきた。今からでも瑠璃の目を使って作り直せば、切腹も取り消せるのではないか?」
いくら蝉丸が虫退治に行ったからといって、それで終わるわけがない。虫どころではないものがここへやってくるはずだ。
逃げるしかないが、水も飲めないヒカルの体では、たとえ自分が背負って歩いたところで耐えられないだろう。
ヒカルは穏やかに首を振った。
「人には一つしか体が与えられないように、人形にも一つの体しかない。瑠璃の体は瑠璃のものだ。魂が宿れば、もう私のものではないんだよ。瑠璃が進んで差し出してくれるのならもらったかもしれないけれどね。今となってはもう無理な話さ」
自暴自棄などではない、貫く意志を宿した言い方だった。
それに対して自分はどんな顔をしているだろう。とんでもなく情けない顔に違いない。
ため息を吐きだしたくて息を大きく吸ったが、途中でやめた。ため息は、自分などではなくヒカルが吐き出すべきだ。
意気込んで吸った空気を、隠れるように細く出した。頭を抱えた手が触れた眉間には、深いしわが寄っていた。
こんなにも後悔で追い詰められていると言うのに、小さな笑い声が聞こえてきた。
「あんたは相当参っているようだね。でもね、びいどろの目にしたからと言って、私の病は治らないんだよ」
どうして自分のことなのに笑っていられる?
声として出なかったのは、思いついたと同時に答えがわかった気がしたからだ。
ヒカルは人形作り以外の何もかもを諦めているのではないだろうか。
ヒカルは中庭の奥の、様々な植物が身を寄せる茂みを見つめていた。先ほどの意志の灯った瞳と違い、今は虚しさと形容できる色褪せた瞳であった。
その瞳を閉じて、ヒカルは何かを研ぎ澄ませているようだった。
直義は耳を澄ましてみた。
鈴のような虫の声が、ふたつみっつ重なって響いている。ぬるい空気の中に、ほんのひと筆ほど秋の風が吹いた気がした。
空を見上げると、星も月もない真っ暗な夜空であった。
「あんたは私に、魂を探究していた理由を好奇心ではないと断言したね」
いつの間にかヒカルは、真剣な顔でこちらを覗いていた。
直義が頷く前に、ヒカルは続けた。
「それはやっぱり間違いだ。私は魂に魅せられている。この私の体にもあの輝きが宿っていると思うと、ぞくぞくと鳥肌が立つくらい嬉しんだ」
ヒカルは左手を差し出した。それはとても魅惑的な仕草だった。
「手を」
そう言ってくるので、直義はヒカルの小さな左手に無骨な右手をのせた。
しかし手を乗せろと言った当の本人は、それを見て肩をすくめて呆れてみせた。
「よくもまあ、軽率に私の手に触れるね。これで二度目だ」
「触れてはならぬか?」
「魂を抜きとる左手なのに?」
「お前がそうする気がない時は、ただのおなごの細い手だ」
魂を操ると豪語しながら、その場を見たことはなかった。だから手の力は調節できるものなのだろうという予想は、ずいぶんと前からできていたのだ。
「万人が避ける行為だよ。みんな私の手に触れるだけで死んでしまうと思っているからね」
皮肉のはずなのに、とても柔らかい声をしている。
ヒカルは微笑んでいた。嬉しそうに、恥ずかしそうに、そしてどこか悲しそうに。
「あんたは青い目のことでずいぶん後ろ暗くなっているようだから、いいものを見せよう。見ればきっと立ち直れる。それに、私がなぜ魂に固執するのかもわかるだろうからね」
そう言うと、直義の右手を控えめに握って、ヒカルは目を閉じた。
「さあ、一緒に目を閉じて」
何が始まるのかわからぬままに目を閉じた。
目を閉じると、やはり真っ暗なだけだった。
真っ暗で、いつの間にか虫の声もやんでいた。
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