宵の口の帰り道

第1話 角を曲がれば

 考えないようにすればするほど、実際には考えているのだ、と誰かから聞いた話を思い出す。シホの頭の中は、いままさにその状態であった。


「……うぅ……やっぱり送ってもらえばよかったかな……」


 王城前公園で双子と別れた帰り道。思いがけず遅くなった道には、魔法の明かりが灯り始め、陽の落ちかけた薄暮の道を照らしていた。『移民街区』の店は殆んどが店仕舞いの準備をしていて、活気こそあったがどこかもの寂しい。

 シホはそんな街路を、身を小さくして歩いていた。原因は双子に聞かされた『移民街区』に纏わる未解決事件で、双子の言う通り怪談などではないが、そこに定住している身には、あまり気持ちのいい話ではなかった。

 ただ、確かに百年以上も前の話を気にする自分もどうかしている。怯えても仕方がないことだと思う気持ちもある。そんな正負の感情が行ったり来たりしているシホは、とにかく心細かった。早く家に帰ろう。そう思って、角を曲がった。


「……あれ?」


『移民街区』は、確かに入り組んだ作りをしている。初めて訪れたものが、メインストリートから脇の小径にちょっと足を踏み入れようものなら、たちどころに迷ってしまう。実際、シホもそうだった。この国に辿り着いて定住し、店を構えた頃には、頻繁に道を間違えて迷っていた。その都度、『兄』二人のどちらかが現れて、家へと連れて帰ってくれたものだった。

 だが、それも初めのうちのことだ。定住して一年も過ぎる昨今では、道に迷うことはほとんどない。まして今日は王城前公園からの家路である。よく整備された、主要な道を辿るだけで帰ることのできる道で、迷いようもない。そのはずだった。


「え、えーと、あれ? 間違えてない、よね?」


 シホは振り返った。雑貨屋を左、花屋を右に見る交差点を左に曲がる。後は真っ直ぐ歩けば、右手に『銀の短剣』の店先が見えてくる。そのはずだった。だから雑貨屋を左に曲がったのだ。振り返ればその雑貨屋があるはずで……


「……あれ?」


 なかった。

 雑貨屋はおろか、その向こうにあるはずの花屋も、それ以外の、主要路に軒を連ねる店々が、何一つない。あるのは石畳の道と、背の高い煉瓦作りの建築物。それがずらりと並んでいる。それはシホが疑問を抱いて立ち止まった、進む先の道の光景と同じだった。


「えーと、えと……」


 シホは何をどうすればいいのかわからず、 その場で右を向いたり、左を向いたり、近くの壁を叩いてみたり、空を仰いでみたりしたが、それで何かが変わることはなかった。ただ、わかったことは、時間に変化はない、ということ。空の色は、角を曲がる前と変わらず、宵の口の薄暗さだった。そして、人気ひとけがないこと。『移民街区』は、店が営業している時間帯は、朝から晩まで、人の往来がある。店からも人々の活気が伝わってくる。店がないから、それもない。建物はあるが、シホの立つ道を歩く人もなく、両脇に建ち並ぶ煉瓦作りの建物からは、人気がまるで感じられなかった。そもそも、人が暮らしている様にも思えない。重厚な壁には、高い位置に小さな窓がある。この建物の作りは……倉庫?

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