第2話 魔剣
人当たりのよさそうな声。だが、それはクラウスがいま感じている気配とは、ひどくギャップのあるものだ。どこまでも胡散臭い。
「……こんにちは」
「あ、お兄さんだけ、ですか?」
「ええ。シホ様にご用ですか、チーズタルト商人の方」
「嫌だなあ。俺はチーズタルトは売ってませんよ」
ニコニコと笑顔を振り撒く様子は、目が見えずとも分かる。胡散臭い商人の気配は歩み寄り、カウンターを挟んでクラウスと向き合った。そして、カウンターの上に、手にしていた何かを置いた。堅く、重たい音が響く。
「今日すぐでなくていいんです。とりあえず置いていきますから、これ、買ってくれないかなあ、と」
「……商品の売り込みですか。勿論、お預かり致しますよ。物は、これですか?」
クラウスはカウンターに置かれた物に手を触れた。かなり長い、棒状のものだ。商人が店に入ってきた時の言葉から、これは剣なのだろうと想像した。ということは、いま、手に触れているのは鞘か。触れながら少し辿ると、右手で意匠を凝らした鍔を、左手で鞘が緩やかな反りを帯びていることを理解する。おそらく、これは片刃の長剣だ。
「かなり特徴的な片刃剣ですね」
「ええ。この辺りでは、ヤツハ国で使われている『タチ』という剣です」
「『 タチ』……」
「しかもただのタチではありませんよ。これはある流派の開祖が使ったという銘のある……魔剣です」
辛うじて声を上げずに済んだのは、胡散臭い商人の気配がこちらの様子を注意深く伺っていたからだ。それでも戦慄が顔色を変えることは避けられず、商人にはこちらの心情を読み取られたことだろう。商人が満足げに笑みを刻む気配が伝わる。その気配はやはり、人とは思えない禍々しさがあった。
「大丈夫ですよ。あなた方が知っている百振りの魔剣とは異なるものです」
商人が囁く。その言葉にクラウスは余計に動揺する。この男、何を知っている? いや、何もかもを知っているのか?
「値は、店主さんに鑑定していただいてからで構いません。それでは、お願いしますね」
ニヤニヤと笑う気配が背を向けた。クラウスは一言も発することができぬまま、胡散臭い商人の気配は出入口の向こうに移った。 ドアベルの音が沈黙の店内に強く広がり、その音に紛れるように、あれほど強く主張していた得体の知れない気配は忽然と消えた。
「……魔剣」
暫く経って、漸く口をついて出た言葉は、その一言だけだった。クラウスの正面、カウンターの上で、『魔剣』だというタチは、それらしい気配もさせずに、ただ静かに横たわっていた。
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