剣、いりませんか?

第1話 胡散臭い気配

 不可思議な気配が近付いてくる。

 骨董屋『銀の短剣』の店内、会計をするカウンターで品物を包んでいたクラウス・タジティは、その既知の気配に眉根を寄せた。それでも手元は動いていて、左手首に嵌められた魔法陣付のバングルが甲高い鈴の音を立てた。フィン国が支給するこのバングルは、装着者が盲人であることを周囲に知らせるためのものだ。

 かつて、クラウスは騎士、それも若くしてある騎士団の長を勤めていた。その武人としての鍛練の賜物で、盲目であっても日常生活の大抵のことには支障がなくいられた。寧ろ、目が見えないことによって、見えてきたことがある、と思うほどで、例えばいま、こうして建物の向こうの道を歩く、奇妙な気配さえも察知できる。

 但し、相手が突飛に奇妙であるからだと言えなくもないがな。クラウスはプレゼント用だと聞いた手元の商品を、丁寧にラッピングして、カウンターの向こうにいる女性に手渡した。会計は既に済んでいる。


「お待たせいたしました。喜んでいただけることを願っています」


 そう言って商品を差し出すと、女性の頬の熱が高まった。そういう気配を感じたが、何故その様な反応になるのかは、よくわからなかった。

 また来てもいいですか、と女性客が聞くので、勿論、お待ちしています、と答えると、女性は足早に店を出ていった。入ってきた時よりも歩幅が半歩広く、爪先で歩くような印象の足取りに変わっている。何故そのように浮き足立つのか。余程この店でいいことがあったのか。まあ、それでまた客として来てもらえるのであれば、この店としてもありがたいことだ、などと考えていると、くだんの気配が店先に立ち、足をこちらに向けた。

 来たか。クラウスは女性客と入れ違いに入ってきた気配に全ての意識を向けた。

 知っている気配ではある。だが盲目である自分には、この気配が果たして人間なのかどうかも自信を持って言い切ることができない。得体の知れない生き物が、羽のようなものを広げている。もう何度も見たそんな幻視が、相変わらず脳裏をちらつく。これでシホがこの人物のことを信用していなければ、出禁にしたいほどに、その気配は胡散臭い。


「こんにちはー、剣、いりませんかー?」

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