第3話『ザ・リッパー』

「そうそう、 いまの話で思い出したけど」

「え、また怖い話……?」

「ううん、違う。シホちゃんの住んでる所の話」

「シホさんの……ああ、そういうことか」


 双子が互いの理解を共有し、言葉少なに素早く納得する。その様子を二人の間で、二人の顔を交互に眺め、ポテトを頬張り聞いていたシホには、何を理解されたのか、さっぱりわからない。こういう様子も双子特有なのかなー、羨ましいなー、などと考えながらポテトを食べる。美味しい。


「シホちゃんが住んでるのって、第四地区と第五地区の間、だよね?」

「……え、は、はい。えっと、そうですね。確か……」

「『移民街区』。いまはそんな風に言われたりもしていますね」


 シホが自宅兼店を構えるのは、このフィン国中央区の第四地区と第五地区の狭間で、リコリーの言う通り、現在は『移民街区』とも呼ばれている場所である。


「あそこって、それこそほんと王政時代のその昔、って話だけど、いまみたいな街じゃなかったのよ。大きな倉庫街でね。人気ひとけもあまりなかったらしいの」

「だからあそこは、 ある有名な未解決事件の現場になったんですよ」

「未解決……事件?」


 シホは息を飲む。どういうわけか、この双子はそうした事件に慣れているように話す。だが、シホにとっては怪談と同じ様に『怖い話』である。


「そう。 通称『ザ・ リッパー』っていう事件。ざっと百年以上前の話だけどね」

「あの倉庫街で、若い女性ばかりが身体をバラバラに切り裂かれた遺体で見つかる事件があったんですよ。被害者は五人。遺体からは内臓の一部が持ち去られていて、それは当時にすれば非常に高度な外科的手法だったから、医師が犯人ではないか、って何人も容疑者はいたんですけど、結局犯人にはたどり着かなかったんです」

「ば、バラバラ……」


 シホは、その衝撃的な言葉を呟いて、俯いてしまった。一方、怖い話は苦手なはずのリコリーが、犯罪のことであるからなのか、途端に流暢になり、話を続ける。


「当時の新聞社に手紙を送りつけて、五人の殺人は全て自分の犯行であること、殺人はまだまだ続くことを伝えて、連続殺人であることを犯人自ら主張した、この国で初めての劇場型犯罪と言われています」

「そう。でも、その手紙を最後に、犯人は姿を消してしまうの」

「え……」

「連続殺人は、五人目の後、新聞社に送られた手紙を最後に、行われることはなかったんですよ」

「そ、そうなんですか……よかった……」


 百年以上前の話に、よかった、と胸を撫で下ろすのは、何だか変な気がしたが、シホは心底そう思った。どんな時代、どんな時間、どんな過去、現在、未来であっても、誰も死なない、傷付かない世界が、一番いい。


「……でもね、ひとつだけ、不思議なことがあるのよ」

「ああ、生存者の話?」


 リコリーの問い掛けに、アリトラが頷く。勿論、シホには何のことかわからない。ただ、この犯罪の話が、まだ穏やかに終わりそうもないことは事実で、シホは先ほど怪談のオチを聞かされる前のようにまた身構え、それでも敢えてこちらから問い掛けた。


「生存者、ですか?」


 怖い話は苦手である。しかし、シホもその言葉には引っ掛かりを覚えた。事件は五人の犠牲者がいて、五人目以降は犠牲者が出ていない。ならば、生存者、とは、誰のことを指すのか。

 シホの問い掛けに、アリトラはこちらを向かず、紅い瞳を真っ直ぐ、王城前公園の往来に向けたままで、呟くように答えた。


「そう。あの事件には、生存者がいた、とされているの。犯人に追われ、逃げ切った人がいる。でも、その人の身元は、不明になってる」

「えっ……でも、それって……」

「ええ、おかしいんですよ」


 シホが気付いた疑問を、リコリーが引き取った。


「生存者がいたことが書かれた資料はあるのに、逃げ切った人が身元不明 。ならば、その『いた』とされる人は、いったい誰が『いた』と証言したのか」

「仮に誰かが襲われていたことを目撃して証言したのだとしても、街から若い女性ひとりがいなくなっているわけでしょう? 身元不明ってことにはならないと思うのよ」


  リコリーの言葉をアリトラが更に引き取り、シホの両脇で、 全く似ていない双子が、同じ顔をして思考を廻らせていた。


「……例えば、当時の世情の悪化から、街に溢れていたっていう、非正規労働者の女性だった、とか」

「うーん、それはアタシも考えてみたんだけど。それでも誰かしら、そういえばあの娘がいないな、って証言はすると思うのよ。それにあの事件の被害者は、五人とも比較的裕福な層の人間だったはず。犯人の趣味に合わないわ」

「だよねえ……うーん……」


 はまりこんで抜け出せない様子の二人を、シホは交互に見つめながら、バターポテトの最後の一欠片を口に運んだ。ある程度経って、少し冷えていたが、それでもバターの濃厚さと塩味、ポテトのほくほく感は残っていて、シホは少しだけほっとして、笑顔になる。

 双子ほどではないが、シホも確かに不思議な事件だとは思った。衝撃的な内容でもあるし、正直、単純な怪談よりもずっと怖い。ただ、シホにとってはそれだけだった。百年以上も前の事件が自分と関わるはずはなく、いまの自分はこうしてバターポテトを楽しんでいる。事件、犯罪の謎が、どういうわけか好きな双子が、こうして思考する姿を見ることができたのは、それはそれで貴重で、怖かったことを除けば、概ね、今日もよい体験ができた、と思った。

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