第3話 鍋にしましょう

 その夜。

 日が落ちれば、シホほどの寒がりでなくとも寒さは厳しいと感じるようになる。

 それでもフィッフスを手伝うと言って、シホはキッチンに立ってくれた。『娘』と共に夕食を作ることは、フィッフスにとって格別に楽しい時間だった。


「さて、じゃあ温まりながら食べるかねえ」

「はい! 美味しそうに出来ましたね……」


 エプロン姿のシホがフィッフスの持った器を覗き込む。陶器製の、一抱えもある大きくなもので、底も深い器である。ドナベと言う名は、夕食の準備をしながら、すでにシホに教えていた。まだ蓋をしてあるので、中身は見えないが、食欲をそそるいい香りが漂っていた。

 

「わたしたちの大陸で使っていた鉄の鍋とは違うんですか?」

「ドナベは一度温めると、鉄の鍋より冷めにくいのさ」

「あ、だから……」

「そう。だから火から離して……」


 言いながら、二人は移動した。キッチンを出て、廊下ひとつ奥のリビングに入る。

 珍しくちゃんと日暮れまでに帰ってきたリディア共に、店の後片付けをして来たクラウスの二人は、すでにコタツに入って談笑していた。この二人が『談笑』することは珍しい。いったい、どんな話題だったのだろうか。


「シホ、鍋敷きを敷いておくれ」

「はい」


 シホがコタツの上に鍋敷きを敷く。それを確認して、フィッフスはドナベをその上に置いた。


「冷めにくいから、こうして火から離して、温かい部屋の中でも食べられるのさ」


 言うと、フィッフスは蓋を開けた。ドナベの中には、様々な葉物、根野菜、茸や鶏肉が入り、それらが煮詰められて出た、旨味を凝縮した出汁の中に浮かんでいる。蓋から漏れ出ていた美味し香りが飛び出し、一息で部屋の中に広がった。


「ほう……」

「鍋、か。」


 クラウスとリディアが、思わず、といった様子の声を出したので、フィッフスにニヤリ、と笑みを作った。してやったりである。『子どもたち』にこういう反応をしてもらいたくて、フィッフスは料理を作っている。美味しそうなものに、美味しそう、という反応をする。実際に口にして、美味しい、と言う。その反応こそが、フィッフスの至上の喜びだ。


「鍋?」

「……カレリアでは鉄鍋で作るがな。鉄鍋で様々な食材を煮詰めて……食べたこと、ないのか?」

「スープの類いか? それなら教会でも出たが……」

「修道士が飲む、具のないスープと一緒にしない方がいいな」

「……だろうな。目で見えずとも、香りでわかる」


『息子』二人がああでもない、こうでもないと話す。元々口数の少ない二人が、こうして違和感なく言葉を交わすようになるから、料理の力は偉大だ。


「ん……これは……白菜か?」

「あ、さすがはリディアさん。よく気付きましたね」

「よく手に入ったな。この国では食料品店でも市場でも、見かけなかったんだが」

「……さすがはリディアさん。よく確認してますね」


『娘』と『息子』のやり取りも、フィッフスには微笑ましい姿だ。お互いに困難な生い立ちを抱えてここまで生きてきた二人だ。特にリディアは、フィッフスが本当の子ども同然に育てたのだから、よく知っている。

 この子がこんな顔をして、微笑みながら話をする日が来ることなど、考えもしなかった。勿論、フィッフスはそうなるように努力をしてきたつもりだった。それでも、リディアを深く傷付けた過去の傷は、リディアから笑顔を奪って戻さなかった。

 それが、この国に来て、リディアは感情をちゃんと表現するようになり始めている。いや、この国に来たこともそうだろうが、やはりシホの存在だろう。リディアも、クラウスも、白菜を持って来てくれたアリトラやリコリーでさえも、何となく気になって、気にかけてしまう。シホに関わる人、すべてが笑顔になっていく。それはまるで寒い日の、暖かい日差しのような、この温かい料理のような……


「まったく、不思議な子だよ……」

「え、フィッフスさん、何か言いましたか?」


 シホが驚いた顔をして振り向いたが、フィッフスは何も言わず、綺麗で健康的な並びの歯を見せて笑った。


「さあ、今夜は、鍋にしましょう、だねぇ」


 フィン国の冬は寒い。

 でも、それだけに、人の温もりを知ることのできる冬だと、フィッフスは思うのだった。



ー炬燵で鍋物ー END



お借りしたキャラの出典:


『anithing+ /双子は推理する』


https://kakuyomu.jp/works/1177354054882269234


 作者様: 淡島かりす 様

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