第2話 ハクサイというそうです

「こんにちはー。シホちゃんのお母さんですか?」


 フィッフスが店に入ると、まず青髪紅目の少女にそう言われた。『娘』と同じ歳くらいか、少し上か。『娘』よりも上背があり、学校の制服のように落ち着いた色調の、毛織物のコートを身に付けた少女は、青く美しい髪を黒いリボン飾りで高く一つに束ねている。その容姿を一目見て、フィッフスはすぐに思い当たる人物があった。これまで一度も会ったことはなかったが、彼女の話は頻繁に『娘』が嬉しそうに話すので、覚えていた。


「ええ、あなたは確か、アリトラさんだね?」

「あ、はい! 申し遅れました!」

「シホからよく話を聞いているよ。ありがとうねえ、いつもお世話になっているみたいで……そちらは、リコリーさん?」

「はい。こちらこそ、シホさんにはいつもお世話になっています」

 

 アリトラの少し後ろに立つ男性は、フィッフスが呼んだ名前に、恭しく頭を下げた。こちらも制服のような仕立ての毛織物のコートを着ている。きれいに整えられた黒髪に、鋭すぎるほど鋭い目付きが印象の殆んどになっている。声は優しいが、顔立ちが怖い。しかし、その立ち居振舞いは、『娘』から聞いていた通り、育ちの良さが垣間見える。

 リコリーとアリトラのきょうだいは、『娘』……シホが、この国に来て、初めてできた、この国の友だちだ、と話していた。シホの場合、その立場と生い立ちから、カレリアでも『友人』と呼ぶことのできる相手は殆んどいなかったはずだ。その娘が言う友だち、という言葉は、字面よりも尊いもののように、フィッフスは感じていた。


「悪いねえ、シホはいま、お茶を買いに出たところなんだよ、この通りの……」

「あ、『鳥籠の花』さん?」

「ああ、そう。行けばいると思うから、何なら……」


 フィッフスがそこまで促すと、アリトラとリコリーは互いの顔を見合わせた。他人にはわからない、無言のまま何かの意思を交わし合った間があり、アリトラがフィッフスに向き直ると、口を開いた。


「今日は、ちょっとお願いがあって来たんですが、聞いてもらえますか?」

「あたしかい?」

「はい、たぶん、シホちゃんよりお母さんに聞いてもらった方がいいかな、って」


 そう言うと、アリトラはつい今しがたと同じ様に、背後のリコリーに向き直った。しかし、今度は顔を見合うことはせず、その足元、ちょうどアリトラとリコリーの間の床に置いてあった大きな紙袋を前に出した。


「うちの学校の園芸部で育てた外国の野菜なんですけど、シホちゃんちで食べてもらえないかなあ、って」

「あら、お裾分けかい? ありがたいねえ」


 中身も聞かずに、フィッフスは感謝を述べる。料理好きのフィッフスにとっては野菜も貰えることは、それ以上考えられないくらいにありがたい。


「何でも、寒冷な気候でよく育つ葉物野菜を、試験的に植えたらしいんですが、フィンの気候とよくあったのか、想像以上の豊作だったそうで」

「そうなんです。で、あたしの友だちがもらってくれー、って来たんですけど、うちでは玉ねぎを貰うことにしたので」

「玉ねぎも豊作だったのかい。なかなか腕のいい園芸部だねえ……え?」


 リコリーがアリトラの不足部分を、アリトラがリコリーの不足部分を、互いに補いながら話す様は、きょうだい特有のテンポの良さを感じる。フィッフスは差し出された紙袋を受け取ると、その中を覗き込んだ。


「何でも、『ハクサイ』というそうです。お母さんはご存知ですか?」


 丁寧に話すリコリーの言葉を聞きながら、フィッフスは思わず飛び跳ねて喜びを露にしたくなる気分を必死に抑えていた。

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