炬燵で鍋物編
第1話 足りない食材
フィッフス・イフスは悩んでいた。
白髪の混じり始めた豊富な三つ編みを肩に掛け、いつもの紫のゆったりとしたワンピースに、白いエプロンをつけた姿でキッチンに立ったフィッフスは、使うつもりで並べた食材を前に腕組みをして唸る。
根菜、鶏肉はまあいい。正直、思っていたよりも質のいいものを仕入れることができた。問題は……
「白菜が、ないねえ……」
そろそろ通い慣れてきたフィン国の食料品店を一回りしてきたのだが、葉物野菜でフィッフスが求めていたものをついに見かけなかった。偶々なのか、それともこの国には存在すらしないのか。
「困ったねえ。他に出汁を取れるものは……」
茸、それから海草の乾物は用意がある。こらから作る煮込み料理では、いい出汁を作る元となってくれるはずだ。しかし、とフィッフスは思う。用意がある茸や海草は、確かにそれだけでも美味しい。しかし、あの葉物野菜と一緒に調理され、各々から抽出された出汁が結集したとき、その真価は発揮される、と思っている。少なくとも、フィッフスが育った大陸の料理では、そうであった。
「まあ、このままでも美味しいとは思うからねえ。やってみるかねえ」
齢五十も越えると、何かが足りない状態で料理を作ることなど、数え切れないくらい経験している。まして、フィッフスは夫も居ればリディアという養子を育て上げた身でもある。どんな状況でも、食べた夫と息子が美味しいというものを作ることには自信がある。
ワンピースの袖を捲り、年相応の皺が目立つようになった腕を晒したフィッフスは、まず手を洗おうとキッチンの蛇口に手を伸ばした。
フィン国に来て、魔法陣を使った魔法の生活面への活用方法には、未だに驚かされる日々だが、魔法だけではなく、こうした水道等の公共事業の技術も、フィッフスには驚きの対象であった。カレリアでは井戸の水を汲み置き使うキッチンに、蛇口を捻れば水が出る水道がある。いまのような冬場には凍結して使えないこともあるらしいが、それも場所によっては魔法陣を組み込んだ配管で解決していると聞く。魔法だけに依存しない、この国の技術力の高さの象徴である。
手首までを念入りに洗い、さて、調理を始めようか、としたときだ。店の入口のドアベルが鳴った。最近、入れ換えをしたもので、魔法陣が施されていて、キッチンでもはっきり聞き取れた。
誰か来たことは間違いない。呼ぶような声もした。そこでフィッフスは、あ、と気付く。いまさっき『娘』と『息子』は全員出掛けて、骨董屋『銀の短剣』には自分しかいないのだった。お茶を買いに行くだけだから、すぐ戻る、と『娘』は言っていたのだが、まさかこのタイミングで来客があるとは。
「はーい、ちょっとお待ちをー」
大きな声で答えて、エプロンで手を拭きながら、フィッフスは骨董屋の店先に向かった。
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