寒い、寒い、フィンの冬

炬燵で蜜柑編

第1話 『いいもの』

 お茶を入れる。

 今日は緑茶である。

 茶葉はいつもの紅茶専門店『鳥籠の花』で買ってきた。ザラメ煎餅の一件以来、すっかり打ち解けた店主のシュロに、ある『いいもの』を手に入れた話をすると、その『いいもの』を使い、こんな寒い日を過ごすなら、これだよ、と勧めてくれたお茶である。ついでにキュウス、という名前のティーポットも譲ってもらった。丸みを帯びた焦げ茶色のキュウスは、何だか寒さを堪えて丸く太っている小鳥のように見えて、とても可愛い。

 そのキュウスと湯飲みを持って、シホ・リリシアはキッチンを出た。緩く波を打つ、陽光色の髪が、普段歩くより多く肩の上で揺れる。それはシホが小走りに、靴の裏をぱたぱた鳴らしながら移動しているからであり、また、その身体自体が小刻み揺れているからでもある。


「うー……寒いー……」


 寒い。

 寒いのである。

 フィン民主国に、冬が来た。


 移民としてこの国に住み着き、骨董屋を始めたシホが、初めて体験するフィンの冬は、寒かった。話に聞くと、フィンは寒冷な土地柄であり、冬の気温として、この程度は当たり前なのだという。シホが産まれ育った神聖王国カレリアの冬も、確かに寒い。寒いが、これほどではなかったように思う。特に、シホが記憶している範囲で最も幼い時期、まだ教会に入る前に暮らしていた農村でも、これほどまでに寒くはなかったはずなのだ。雪は降った。だが、このフィンほどの量ではない。寒い。シホにとっては、とにかく寒いのである。もしかしたら、この冬は越えられないかもしれない、と覚悟を決めるほどだ。

 もちろん、対策はしている。いまも重ね着するあまり、シホの身体の線は気持ち丸くなっている。茶葉と同じく、シュロが譲ってくれた、ドテラという、綿を入れた羽織ものを一番上に羽織り、首には室内にも関わらず、毛織りのスヌードを巻きっぱなしで、顔の下半分近くを埋めている。足も起毛の裏地付きのショートブーツを履いて、とにかく暖を取る。それでも寒い。シホ自身、自分がここまで寒さに弱いとは思っていなかった。

 しかし。

 しかしである。

 シホは『いいもの』を手に入れたのだ。

 この冬を越えられるかもしれない。そんな希望の光を見出だすことのできる、あるものを。

 いまは、とにかくそのもののところまで行かなければ、とシホは小走りにそこへ向かう。

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