第2話 辞めたんです!
「……どうされたんですか?」
「あ、いやあ、今日はお嬢さんひとりなのかな、と思ってね。」
「フィッフスさんとクラウスさんは奥にいらっしゃいます。リディアさんは買い付けに出ていますね。ご用があれば声をかけてみますが……?」
「ああ、いや、結構。そうか、そうなんですね……」
露骨に残念そうな声を出した軍人の様子に、シホは確信を得た。実は、店の奥、居住スペースには、フィッフスはいるが、クラウスはいない。シホはちょっと釜をかけてみたのだ。二人は呼べるが、リディアは呼べない、という状況で、軍人がどんな態度を取るのか。その結果は、あまりにも露骨で、明らかなものだった。
「軍人さん、リディアさんにご用がおありだったんですか?」
この軍人は、リディアを辻斬りの犯人と疑っている。
そもそも、この軍人と知り合った時もそうだった。ある事件の調査で、彼はこの店にやってきた。シホが偶然に事件の関係者と会っていて、その事情聴取に現れたのだが、そこへ仕入れを終えて帰宅したリディアを見た軍人は、強い興味を示していた。
あの時の感覚を、シホは忘れられない。ざらりとした、肌が粟立つような不気味さがあった。一重の奥の黒い瞳が、好奇と、
「あ、いやあ、そうだね。何となく、彼ならこの辻斬り騒ぎについて、この前の事件の時のように、何か相談に乗ってくれるかなあ、と思ってね。」
「……リディアさんは、そんな物騒なことの相談になんて、乗りませんよ。先日は、
「そうかなあ。お嬢さん、彼、かなり剣の腕が立つんじゃない?
「リディアさんは、そういうことは辞めたんです!」
シホは思わず大きな声を出してしまった。棚に向かっていた身体を振り向けて、カウンターに、ばん、と両手を突いた。
「……確かに、わたしたちの住んでいた大陸では、傭兵をされていました。戦場に出ていたとも言っていました。でも、わたしたちと旅に出るときに、そんな物騒な類いの
軍人の黒眼の奥に、リディアを品定めするような光があることが、シホの感情を
「ははあ。申し訳ない。だからお嬢さん、そんなふくれっ面しないで。いや、本当に申し訳なかった。」
「……いえ、わたしも、ごめんなさい。急に大きな声を出して。」
「いやいや、いいんですよ。お嬢さんの大事な想い人を疑った、俺が悪い。」
「い、いいいや、そんな、だ、大事とか、そういうことではなくて、リ、リディアさんは、リディアさんですから。えと、えーと、リディアさんは、リディアさんなんです。リディアさんは、あの、えと、そう、家族! 家族なんですよ、リディアさんは!」
「そりゃあいずれお嬢さんと結婚でもすればそうなるだろうからね。」
次ぐ言葉が見つからない。いや、考えられない。
「け、けけけ、結婚!? いや、だって、リディアさんですよ、軍人さん、リディアさんですからね……」
「ははは、わかったよ。ありがとう。とにかく、お嬢さんも辻斬りには気を付けて。」
そう言って、軍人は踵を返した。
「ああ、何かあれば、軍の十三剣士隊に連絡を。ミソギ・クレキ。俺の名前を伝えてくれれば話が速い。」
「わ、わかりましたね。ミソギさん、ですね。」
「俺はお嬢さんとこの店のことが好きだよ。だから、本当に気をつけて。それじゃ。」
軍人……ミソギ・クレキは、最後は真摯な口調になってそう言い置くと店を出ていった。
残されたシホは、ほっ、と胸を撫で下ろし、ミソギという軍人は苦手だが、悪い人ではないのだろう、と思い直した。思い直した理由は、言われなれていない『好き』という言葉のせいであることは間違いなかった。
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