第3話 胡散臭い男

 リディア・クレイはあまり感情を顔には出さないタイプだったが、元々は素直な性質である。従って、胡散臭い笑みを浮かべている苦手な相手を前にして、ついつい顔をしかめてしまうのも、無理からぬことだった。


「そんないやそうな顔、しないで下さいよぉ。」


 この柔和な物腰と口調に、大抵の者は騙されるだろう。リディアは生まれ育った経緯から『悪意』にはさとい。だが、この男に関して言えば、そうしたリディアがこれまで感じ取ってきたような悪意の類いは感じなかった。それ以上の、もっと、はっきりと、純然とした『邪悪』を感じるのだ。その人とも思えぬ異様な気配が、リディアに苦手意識を抱かせている。人でないならば何なのか、と問われても、返す答えは思い付かないが、とにかく、関り合いになりたくはない、そんな存在だった。


「何のようだ。」


『銀の短剣』への帰路だった。仕入れを終えたリディアは、最近覚えた近道を使おうと、建物と建物の間の小径こみちに足を踏み入れた。『銀の短剣』があるのはフィン国中央区、第四地区と第五地区の狭間。最近では『移民街区』とも呼ばれている場所だが、この街区は、小さな建物が乱立し、ひしめき合っているような場所で、それら建物の狭間に無数の小径ができていた。小径は迷路のように入り組んでいることでも有名で、この街区に暮らす移住者たちはそうした小径を生活用として便利に活用しているが、元々のフィン国民の方がむしろ全体を把握しておらず、中に入り込んで、迷ってしまうこともあるらしい。リディアも最近、ようやく地理を理解して来たが、『銀の短剣』への道のり以外は、わからなかった。

 くだんの『関り合いになりたくない男』は、小径に入って角を二つ曲がった奥にいた。人が二人、すれ違うことも困難な幅員の道、それも奥まった場所に、まるでリディアを待っていたかのように、いた。この迷路の小径で、誰かを偶然に待つことは不可能で、あらかじめリディアの取る道筋と時間、全ての行動を熟知しているか、以外に、方法はない。いずれにせよ異様な状況の中で、柔和に微笑む青い髪の男の笑顔からは、胡散臭さしか感じることができなかった。


「ちょっとお伝えしたいことがありましてね。たぶん、あなたも聞きたいだろうなあ、と。」

「……お前の話で、おれが聞きたいことがあると思うのか?」

「ええ、そりゃあもう。……聖女さんの身の安全に関わる話ですから。」


 薄暗い小径の中、男の赤い瞳が、鈍い光を放ったように見えた。


「……どういう意味だ。」

「そのままの意味ですよ。近頃は物騒ですからねえ。」

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