第7話 善意

 アイラが叫んだその瞬間、サロメが刀身から放つ光が、一気に膨らんだ。何も見えない、真っ白な闇に包み込まれ、シホは短剣を構えたまま、目をつむった。だが、瞼越しにも光は衰えず、白い、ただただ白い光の中に、シホは放り込まれた。

 だが、不思議な感覚をシホは感じていた。痛みはもちろんなかった。そして、恐怖もなかった。手加減はする、とは言っていたが、アイラはサロメという刃物を振り上げて、それを振り下ろしたのだ。それが目の前、自分の身体に届く位置で行われたにも関わらず、その結果が目に見えないにも関わらず、シホは恐怖を一切感じていなかった。むしろ、感じていたのは温かさだった。それは気温に依するものではない。もっと別の……そう、先ほどアイラとサロメが話していた、『精神世界』からもたらされたと素直に感じることのできる温もりだった。

 あ、この温かさ……と、シホは即座に気づく。この温度は、アイラの温度なのだ、と。この力には、この光には、アイラの温度が宿っている。彼女がなぜ狩人と呼ばれる戦士となる道を選んだのか、それはシホにはわからない。だが、なぜか、大切な人を護るためか、大切な人を助けるためか、そうした目的のもと、剣を取ったのだと思う。その理解は、殆んど確信に近い。アイラ本人に訊かずともわかる。サロメが生んだ光、アイラの力は、語るよりも遥かに雄弁に、彼女という人間を理解させた。

 光が、ゆっくりと終息していく。シホはそれに合わせて目を開いた。

 目の前には、魔器サロメを振り下ろした姿で動きを止めたアイラが立っていた。但し、切っ先は遠く、シホには届いていない。


「……なんか……」

『どうじゃった、アイラ。何かわかったか?』

「……たぶん、シホさんは、すごく、ものすごーく、温かい人だと思う。優しいんだと思う。」

「え、いや、アイラさんの方が……!」


 言いかけて、シホは息を呑んだ。


「シホはルミエルの魔力を使ってアイラの魔力を受け止めた。そうだろう?」


 フィッフスが満足げに笑みを浮かべ、シホに問う。確かにそうだ。無我夢中だったが、防御に専念する魔力を、シホは魔剣ルミエルに込めてアイラの光を受けた。


『なるほど……どうやら、魔女殿のいう通りだったようじゃな。』

「だからどう、ってのは、これからさらに研究する必要があるけどねえ。」


 またサロメとフィッフスだけが、納得と満足を繰り返し噛み締めるように話し、アイラとシホは顔を見合わせた。


「あの……フィッフスさん、つまり、どういうことなんでしょう……?」

「簡単に言えばね、あんたとアイラはそっくり、ということだよ。」

『魔女殿、それはあまりに簡単過ぎはしないか。』

「そうかい?」

『どう見ても、アイラに聖女殿のようなしとやかさはない。』

「うっさいわ、じじい!」


 アイラが抜き身のサロメを投げ捨てようとしたので、シホはそれを止めて、フィッフスに言葉を促した。


「こちらの魔力とアイラの世界の魔力に、大きな違いはない、っとでも言おうかねえ。」

『魔力は使うものの精神の力に依存する。少なくとも、狩人の魔力はそうしたものだ。もし、聖女殿がアイラの心の光……ワシから放たれた浄化の光を温かい、と感じたのであれば、それはアイラの精神に温もりがあると言うこと。』

「そして、アイラがシホの魔力を同じように感じた、ということは、シホが使う魔力にもシホの心の温もりがあるということ。わたしらの世界の魔力も、精神に起因しているかもしれない、という可能性さね。百魔剣には、様々な人の魔力が宿っている。魔剣の作り手、これまでの使い手、そして、シホ。その全てがいまは、温もりとして現れる。精神の温もり。それは……」

「人の、善意……」


 シホはフィッフスの先の言葉を継いで呟いた。それは兼ねてからフィッフスが研究している旧世界の遺物、魔力を込められて作られた全てのものに対して立てているひとつの仮説だった。全ては、より良くしようという善意から生み出されている。


「まあ、かもしれない、というだけだねえ、いまは。」


 フィッフスはにっこりと笑う。その笑顔を見て、シホはアイラに視線を送ると、アイラもこちらを見ていた。顔を見合わせて、今度は二人とも笑顔になった。アイラが見せる笑顔があまりに眩しく、美しく、こんなに心の綺麗な人と近しい人間でいられるだろうか、と思い、いられるようにありたい、とシホは思った。

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