第4話 紅茶も美味しい

『左様。こちらでは口をきけるマキは珍しいそうだが。』

「あの、マキ、とは……?」


 シホは先ほどのアイラの言葉の中にもあった表現が気になっていた。


「魔器、というらしいよ。サロメたちは、必ずしも剣でない場合があるから、器、という表現にしているんだった、かねぇ?」

『左様。魔女殿のいう通り、アイラら『狩人』が使う武器の形は様々だ。故にワシらは魔器、と総称されておる。』


 なるほど、魔器の言葉の意味は、フィッフスの説明でわかった。だが、次いで聞き慣れない言葉に行き当たる。シホは少しだけ首を傾げる。


「えと、『狩人』というのは……アイラさんは、動物を狩って生計を立てていらっしゃるのですか?」

「違う違う、わたしは、ムマを狩る狩人なんだ!」

「む、ムマ……ですか?」

『……ワシが順を追って説明しよう、聖女殿。アイラの説明では分からなかろう。』


 バカにした、いま、バカにしたでしょ、と抗議するアイラを脇に置き、サロメは自分たちが何者なのかを話した。

 夢魔、とは、人が眠りの際に見る夢に巣食い、人の生命力を食らう、精神世界の生物なのだという。夢魔にとりつかれた人間は、生命力を食い尽くされれば死んでしまう。サロメはその夢魔を狩ることのできる武器であり、アイラはサロメたち魔器を使って夢魔に対抗することのできる狩人という戦士なのだそうだ。


「どちらも、初めて聞きました……」

「カレリアでも、このフィンでも、夢魔という生命体の話は聞いたことがないけど、サロメたちの世界には確かに存在するものなんだろうねえ。全ては、あたしたちの常識の外にあることさね。」


 世界はどこまでも広いものだねえ、とフィッフスは言う。


『ワシも、ワシらが存在する世界の他に、様々な世界が存在することは、知識としては知っていた。だが、こうして邂逅しようものとは、この歳まで思いもせんかった。』

「では、アイラさんも、サロメさんも、この世界の方ではない、と?」

『一時だけ、迷い混んでいる感覚に近い。どうもここには、そういう力が渦巻いておるようだ。』

「え、ここって、誰かの夢の中じゃないの?」


 皿から残りのパイを食べながら、アイラが唐突に驚くべきことを口にした。


「夢の中……?」

「そう、わたしたち狩人は、夢魔に襲われている人の夢の中に、『夢見』って狩人とは別の力を持った人の助けを借りて入るの。あれ、だって、ここへ来る前も、確かお父さんが送り出してくれたよね?」

『そう。だが、単なる夢の中……精神世界にしては、そのパイに味があるとは思わんか?』


 アイラが最後の一口を口に運ぶ。シホはそれを見て、すかさず持っていた手提げの鞄から紅茶の入ったボトルと紙カップを取り出し、紅茶を用意した。砂糖の入っていないストレートティー、とフィッフスは言っていたが、梨のパイの甘味との相性はいいはずだ。


「温かい紅茶です。よかったら……」

「うわ、嬉しい。いただきます!」

『……思わぬか?』

 

 サロメの確認を聞き流し、紅茶を口に運んだアイラは、ゆっくりと味わうようにカップの紅茶を飲んだ。程よく冷めているので、一息でも飲める。


「うん、紅茶も美味しい!」

『……思わぬか?』


 ……どうやら、サロメのいう通り、味覚はしっかりと伝わっているようだ。

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