魔剣問答

第1話 不可思議な空間

 石組の壁と天井に囲まれた階段は、やはり石組で、緩やかに曲がっている。おそらく螺旋状になっているのだろう、とは知れたが、それにしてもずいぶん長く階段を下っているようにシホは感じた。窓もなくて薄暗く、ひんやりと冷たい上に、シホにとっては初めて来た場所であるから、長い時間に感じるのだろうか。それとも本当に、長い長い距離を下っているのか。


「そろそろのようだね。今日はちょっと長いねえ。」


 片手にランタンを持ち、前を歩くフィッフスが、不思議なことを口にする。今日はちょっと長い、とは。日によって、下る長さが変わる階段など、あり得るのだろうか。

 なんだか肌寒いものを感じたシホの鼻に、香ばしく焼けたパイ生地と果物の香りが届いた。フィッフスがランタンとは逆の手に持つ皿に乗せた梨のパイが、彼女が言葉を口にした拍子に、香りを流したのだろう。

 シホは両手で持った手提げの鞄を抱き上げるようにして、しっかりと持った。中には硝子ガラスのボトルと紙カップが入っている。ボトルの中身は温かい紅茶で、梨のパイに合うようにフィッフスが淹れたものだ。このお茶と、梨のパイを手土産に、シホは来ていた。会う相手を考えると、いささか可愛すぎる手土産に思えたが、フィッフスはこれがいい、これが喜ぶだろう、という。


 フィン民主国の『魔剣』は、お茶と焼き菓子を好むのだろうか。


 かつて住んでいた大陸で、シホはある宗教組織の高い地位にいた。それもこれも、彼の大陸において、過去に作られ、いまなお大きな力を秘めた魔剣が復活し、現代の人間たちに危害を加え始めることを阻止するため、だった。シホは神託を受けた、という最高司祭に見出だされ、市井しせいの中から突然その地位に就いた。

 彼の大陸では、魔剣とは強大な力の象徴であり、怖れの対象であった。その力を悪用しようとするものがあり、封じるべき対象でもあった。そんな『魔剣』が、シホの魔剣に対する認識である。

 いまから一時間ほど前のこと。フィッフスは魔剣に会いに行く、といい、シホのことも誘った。そうして言われるがまま付いて来たのが、この長い階段だった。この階段の入り口は、骨董屋『銀の短剣』の奥、シホたちの居住スペースの、一番奥まったところにあった。どう見てもただの壁だったが、床面を見ると、何か大きなものを擦り付けたような後が残っていた。その前に立ち、フィッフスが壁に触れると、その一部分が奥へ動いて階段が現れた。床の擦り傷は、押した一枚の壁の反対側が、手前に動く時にできるものだったようだ。明らかに作られた隠し扉だったが、フィッフスはこれをたまたま発見したと言っていた。なんでも、まだここに住み始めて間もない頃、片付けをしていて、床の不自然な傷に気が付いたのだとか。

 そんな隠された空間の奥に存在する、謎の階段を下り、会うことができる魔剣とは、一体、どんな存在なのか。シホは緊張で震える身体を温めるように、温かな紅茶のボトルが入った鞄を抱く力を強めた。

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