第8話 喋る魔剣
「ただいま。あれ、いい匂いだねえ。」
「……オーブンが直ったのか?」
店の玄関を、またいつもの親子喧嘩のような会話をしながら入ってきたフィッフスとリディアは、店内まで漂い始めた梨の甘く豊かな香りにすぐ気づいたようだった。店のカウンターの内側にクラウスと並んで立っていたシホは応える。
「あ、お帰りなさい。そうなんです。実は、お客様が、ちょっとお手伝いをしてくれて。」
「……客、というのは、あの若い男女二人組か?」
「そうかいそうかい。あたしの方は、業者の店はわかったけど、すぐに頼めなかったからねえ。とりあえずよかったよ。」
あの二人組がオーブンを直せたのか、とリディアが不思議そうな顔をしていたが、結局それだけで何も言わず、手にした買い物の品を、居住スペースのキッチンへ納めに行ってしまった。
「で、そのお客様は?」
「先ほどお帰りになられました。また遊びに来てくれるそうです。」
「シホ様と同年代のごきょうだいで、ずいぶん仲良くなれたようです。」
クラウスはどこか満足げで、にこやかに話し、それを聞いたフィッフスも、歯を剥き出して笑った。
「そりゃあよかったねえ、シホ。」
「ええ、ちょっと不思議なところもありましたが。」
「不思議?」
「あ、いえ、すごくいいごきょうだいでした。またお会いできる日が楽しみです。」
シホは微笑むと、フィッフスは頷いた。
「さあて、じゃあ、シホの作ったパイで、お茶にしようかねえ。……その後は喋る魔剣に会いに行って……」
「喋る……魔剣?」
フィッフスが何の気なしに呟いた言葉を、シホは聞き逃さなかった。梨のパイを作りながら、ずっと話していたので、アリトラの話し方や着眼点が、うつったのかも知れなかった。それに魔剣、と言われれば、聞き返さずにはいられない。
当のフィッフスは、本当に油断していたのか、しまった、というような、驚いた顔を見せた。しかし、
「やれやれ……まあ、ひとまずお茶にしよう。魔剣の話はそれからだね。」
「魔剣が、この近くにあるんですか? それも、話すことのできる魔剣が。」
シホの知る限り、自ら意思を持って話すことのできる魔剣は、それ相応の、強大な魔力を秘めた、禍々しいほど高次の存在である。そんな魔剣が、この『銀の短剣』のそばにあるとしたら。ある時、その魔剣の気まぐれで、この店はおろか、この街区まるごと消し飛んでも不思議ではない。それがシホたちが生まれ育った大陸で、真しやかに伝えられてきた、魔剣に対する認識だ。
「クラウス」
「温かい紅茶をご用意してあります。」
「悪いねえ。じゃあ、こっちで食べようか。ほら、あのテーブルで。」
フィッフスが商談用のテーブルを指差し、クラウスは頷くと、店の奥、居住スペースへと入って行った。
「その魔剣……その、大丈夫なもの、なんですか……?」
「んん、そうだね。あたしたちが知っている魔剣よりも、はるかに安全だね。それに、ちょっと変わった力も持ってる。」
「変わった力?」
話しながら、シホはフィッフスに促されるまま、テーブルに向かった椅子に腰を下ろした。
「悪夢を、断てる。」
「悪夢?」
「まあ、とにかく、後で会いに行くから、あんたも来てみるかい?」
「会いに、行けるんですか? わたしも?」
「ああ、もちろん。あ、そうだ。」
フィッフスは何か思い付いたように右手の人差し指を上に向けて示した。
「あんたの梨のパイを二切れ、別の皿に用意してもらえるかい?」
「え、ええ、いいですけど…… どうするんですか?」
「会いに行く手土産にね、あるといいかと思ったのさ。」
フィッフスはまた健康的な並びのいい歯を剥き出しにして、にい、と笑った。
「その魔剣の使い手、あんたと同じくらいの歳の子だからね。きっと喜ぶと思うよ。」
ー双子と聖女ーEND
お借りしたキャラの出典:
『anithing+ /双子は推理する』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882269234
作者様: 淡島かりす 様
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