第7話 力になれるかも
「……ところで、この梨、ずいぶん薄く切ってあるよね。食べやすいけど。」
「そうだね。食べやすいけど。」
「シホちゃん、これってさ。」
先に気になり始めたのは、アリトラだった。カウンターでナイフを梱包し、飾り付けをしていたシホの方を振り返り、疑問を言葉にした。
「もしかして、何か料理しようとしてた? 例えば……梨のパイ、とか。」
「すごい、よくわかりましたね!」
シホは手を止めず、視線も上げずに答えた。
「実はいま、梨のパイを焼こうとしていたんです。そしたら、おうちのオーブンの調子が悪くって。その梨は、
そこまで話して、シホは申し訳なさを感じて顔を上げた。
「なんだか残り物をお出ししたみたいで……」
非礼を詫びようとしたが、そこでシホは、視界いっぱいに紅い瞳が迫っていることに気づいて、息を呑んだ。
「シホちゃん。」
アリトラの顔が、鼻先に迫っていた。いつの間にか呼び名が『ちゃん』付けになっていることに、シホはその時初めて気づいた。
「そのオーブンって、魔法陣仕様?」
「え、えと、ええ。そうなんです。魔法陣に触れても温度が上がらないみたいで……」
「それなら力になれるかも。ねえ、リコリー?」
「うん、そうだね。力になれるかも。」
「え、ええと、力に、というと?」
展開の早さに驚き、シホが付いていくことができずにいると、席を立ったリコリーが近づいて来て、微笑んだ。目付きは相変わらず悪いが、その微笑みは生来の彼の優しさが滲み出ているようにシホは感じた。
「リコリーは、魔法陣なんかの魔法学問が得意なんだ。人よりちょっと詳しい、というレベルじゃあないくらい。」
「そんなこともないけど……とりあえず、一度見せて貰えたら、直せるかもしれない。」
リコリーとアリトラは、一度顔を見合わせて頷き合うと、揃ってシホに向き直った。
「……飾り付けだけしていただければ、後は箱に詰めるだけですから、わたしでもできますよ、シホ様。見ていただいたら如何ですか?」
クラウスの申し出は、シホには意外だった。元々、シホを守護する騎士であったことと、彼の慎重過ぎるほど慎重である性格上、易々と宅内に人を招き入れるような発言をすることは、これまで一度もなかった。
「……いいんですか、クラウスさん。」
「ええ。後はやっておきます。お二人はこの国の方。魔法の使い方も、我々よりもよく理解されているでしょう。」
そう言ってクラウスは微笑んだが、シホはその微笑みに隠れたクラウスの意図を感じ取った。滞在時間を長くすることで、双子が本当にあのチーズタルトの人の子供なのかを、彼なりに確認するつもりなのだ。もし、万が一にもシホに危害を加わえるようなことがあっても、店先からなら危害を加える前に、気配で察することができる。それはクラウスにしかできない芸当だ。やはり、クラウスはクラウスだった。
「わかりました。では……すいません、お客様にお願いをするなんて……」
「いいのいいの、わたしとシホちゃんの仲だし。」
「あ、アリトラさん、わたしたち、まだ知り合って数十分ですよ……?」
「アリトラはシホさんのことが気に入ったんだと思います。」
「そう! それにお茶と梨のお返しもあるし。じゃあ、アタシはパイ作りを手伝っちゃおうかな!」
クラウスに商品の梱包を託し、アリトラに押されるように、シホは『銀の短剣』の居住スペースへと入って行った。
「……ねえ、シホちゃんって、本当はどこかのお嬢様だったりするの?」
「え!? なんでですか!?」
「え、だって、あのクラウスさんの話し方とかさ。なんだか良家の執事みたいだし。ならシホちゃんがそうなのかなー、って。」
アリトラは、すごく
「そんなことはありませんよ。それにクラウスさんはお兄さんですし。」
「……お兄さん、なの?」
ふと、シホはクラウスが、双子を招き入れた理由は、本当はこうして同年代と話をする時間を自分に作ってくれたのかも、と考えた。この国に来て、初めてできた、友だちとでも言える存在になるかもしれない相手。それを大事に思ってくれたのかもしれない。
いずれにしても、その考え方はとてもクラウスらしかった。ずっとそばで見守り、護り、成長を促してきた、兄のような人。
シホは振り返り、店のカウンターを見た。アリトラとリコリー越しに、店のカウンターの内側は見えたが、クラウスの姿は見えなかった。
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