第5話 不思議な来訪者

「こんにちは。お探しのものがあれば、お知らせください。」


 手首に着けたバングルの鈴の音が近づき、挨拶を述べながらクラウスが店の中に姿を現した。その手には透明な硝子ガラスの器が二つあり、中には薄く切った梨が入っていた。


「……どうしました、シホ様。」


 細く閉じられたクラウスの目には、シホの表情は見えないはずだが、テーブルに近づくなり、小声でシホにそう言った。驚き半分、不思議に思うこと、半分。そんな複雑な感情が顔だけではなく、クラウスが読み取ることのできる気配にも影響を及ぼしていたのだろう。クラウスが硝子の器を二人の茶器と一緒になるように並べるのを見ながら、シホはクラウスに返す言葉を探したが、すぐには出てこなかった。

 本当に不思議だった。なぜなら、いまのいままで、シホはあの事件の謎解きをと勘違いしていたのだ。富豪の家から出る商品を買い付けて欲しい、その中のある商品について、用立ててもらいたい、と頼まれたことは覚えていて、実際買い付けもした。なのに、それが誰から頼まれたのかは、すっぽりと抜け落ちていたのだ。

 そういえば、とシホはチーズタルトの人が話していた言葉を思い出した。あれは仕入れができた場合の連絡先を訊いた時だ。


 いえ、そのうち子供達に取りに行かせます。


 えぇ、俺の子供達が。きっと貴女なら見ただけでわかるでしょうから、それまでナイフは預かっておいてください。


 彼の外見の年齢からして、子供、と言われたので、どんな幼い子供が来るのかと思った。いや、この国の子供は、おつかいのできる、しっかりした子が多いのかと。


「まさか……」


 シホは双子の、特にアリトラの方に注視する。チーズタルトの人と同じ、青い髪に紅い瞳。その手には、商品棚から手に取った、鉱物刃のナイフ。


「オーナーさん!」

「あ、シホです。シホ・リリシア。シホでいいです。」


 シホは立ち上がり、双子に近づく。


「あ、紙コップ、貰いますね。」


 と、双子の手にまだ握られていた、試飲のココアが入っていた紙コップを受け取り、屑籠に入れる。


「あ、ありがとー。ところで、これなんだけどね。」


 そう言って、アリトラは手にした黒い刃のナイフをシホに見せた。


「プレゼント用に包めますか。」


 続けたのは、隣に立つリコリーだった。


「実はとうちゃ……父へのプレゼントを探していて。」

「これがいいかなー、と思うんだ。」


 双子が前にしている商品棚。そこはくだんの富豪宅から出た商品を並べていた。その中で、二人が手にしたナイフは、チーズタルトの人が用立てて欲しい、と言ったものだった。

 そして、双子は言った。父へのプレゼント、と。


 いえ、そのうち子供達に取りに行かせます。


 シホの疑念が、確信に変わる。

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