双子と聖女

第1話 ココアと双子

「ん、美味しいね」

「美味しいよねー」

「ミルクのコクと甘味かな。きっと、いいミルクなんだと思うな。クセがなくて、すっきりしてるのに、ちゃんとコクがある。カカオの香りの後に、ピリッとした辛みがあるのはなんだろう?」

「唐辛子かな? でもこれ、たぶん、唐辛子だけじゃないと思う。もっと奥行きのある味がする。」


 そんな話をしながら、ベンチに並んで腰をかけ、紙コップの中身をすする男女がいる。

 ここはフィン民主国の中央区第四地区と第五地区の間にある商店街。その只中でひと休み、といったていの男女は、どちらも十七、八といった年頃で、学生だろうか、制服のような作りの、同じ色の衣服を身に付けている。女性の方は平均よりも少し上回る背丈に、青い豊かな髪を一つに高く束ねている。髪留めに使っている黒いリボン飾りが、髪色の青に映える。愛嬌のある顔立ちの中で特に目を引くのは、彫りの深い二重に縁取られた紅い瞳だ。強い意志を宿して輝いているようにも見える紅は、彼女に少々の大人びた印象を与えている。

 男性の方は、きれいに整えられた黒い髪に、鋭すぎるほど鋭い目付きが印象の殆んどになっている。よく見れば、青く美しい瞳で、彼の心根の美しさをそのまま宿しているのだが、如何せん、その顔立ちが怖い。先ほどから話題に花が咲く、手にした紙コップの中身……ついさっき立ち寄った紅茶専門店が、新たに始めたと店先で試飲を配っていた冷たいココアの味を丹念に分析し、冷静に、楽しそうに話すような印象はない。


「この紅茶屋さん、話題になってたからさ、一度アリトラと来てみようと思ってたんだ。」

「うん、ここは一度、飲んだ方がいいね。」


 年頃であり、一見するとまるで似ていない二人の男女が仲良くベンチに座る姿は、恋人同士に見えなくもなかった。確かに仲はよく、だが、殆んどの人間が、しばらく彼らを見るだけで、恋人同士ではない、と分かるだろう。そういう仲の良さでは説明ができない、理屈ではない「」が、彼らの間にはあった。


「しかし、この辺りもだいぶ賑わうようになってきたね。」

「移民受入れ事業、だっけ? 元々この辺りは倉庫街じゃなかったっけ。」


 フィン民主国中央区、その第四地区と第五地区の間。ここに設けられた商店街は、二人の幼なじみが食品店を営む商店街とは異なり、フィン国へ移り住んで商売を始めた人たちによって作られた街区だった。アリトラと呼ばれた女性が言う通り、この辺りは古くは倉庫街で、そこを更地にして、いまの移民街と商店街ができあがっている。軒を連ねる商店を見ても、先の紅茶専門店を皮切りに、異国の反物を扱う店、異国の料理を出す店、異国の品々を並べる雑貨店、と、フィン国内でもちょっと見ないバラエティの店構えが続いている。飾られた花や料理の香りも、この街区では異国情緒に溢れている。


「あ」

「どうしたの、リコリー?」


 何かを思い出したように、紙コップから顔を上げた目付きの鋭い男性を、隣に座るアリトラが覗き込み、紅い瞳を不思議そうに向けた。リコリー、と呼ばれた男性は、手にした紙コップのココアをもうひと飲みして、何度目かの「美味しい」を口にした後、アリトラにいま思い出したことを話した。


「そういえば、この辺りだと思うんだよね。」

「何が?」

「ほら、前に父ちゃんが言ってた……」

「ああ、骨董屋さん!!」


 アリトラも何かを思い出したように応えた。その話は、共通の親を持つ、双子の兄であるリコリーと一緒に、父親から聞いていた。


「えっ、と、確か……『銀の……』」

「『銀の短剣』」

「え、じゃあ、ここじゃない?」

「え?」


 双子のリコリーとアリトラが、揃って座るベンチの右隣に置かれた、小さな看板に目をやった。そこには確かに『銀の短剣』と屋号が書いてある。

 二人は無言のまま顔を見合わせると、ベンチの右後ろを振り返る。そこに間口の小さな店があり、石段を三段上がった先にある玄関の上にも、同じ店名が掲げられていた。


「……ここ、だねえ。」

「……ここ、だよねえ。」


 二人が互いに確認しあうように同じ言葉のやり取りをしていると、店の玄関のドアベルが鳴った。

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