第4話 笑顔の素
「完成だ。」
そういって、リディアが差し出したカップを手に取ったシホは、まず鼻に近づけた。
「んー! いい香りです!」
「本当にコクがある香りだな。」
クラウスも同様に、香りを楽しんでいる。牛乳の持つ甘い香りと、茶葉が持つ甘い香りが混ざり合い、それを砂糖がコク深いものにしている。
シホは口をつける。香りから想像された優しく、柔らかい甘さが、口いっぱいに広がり、鼻の奥にさらに強い芳香を感じさせた。
「美味しい!」
「うん、お茶請けはなくても、これだけで息抜きできそうだな。」
クラウスもこの牛乳を使った異国のお茶の淹れ方は初めてだったようで、少し驚いたような顔をしている。
「甘くていい香りだねえ。アッサムを淹れたのかい?」
そのクラウスの肩越しに、キッチンの入口に立った、紫のワンピースに身を包んだ大柄な初老女性の姿が見えた。
「フィッフスさん、これ、美味しいですね!」
「たまにはね、こういうコクの強いお茶も読みたくなるのよ。」
「……フィッフスも飲むか?」
返答は待たず、リディアは新しいカップを棚から用意する。フィッフスも断ることはなく、キッチンに入ってきた。
「ありがとうねえ。ちょっと根詰めたら、肩凝っちまってねえ。息抜き、息抜き。」
「肩凝りですか? 揉みますよ。」
言うが早いか、シホはフィッフスの背後に歩み寄る。キッチンのスツールに腰かけたフィッフスの大きな肩を、シホは自身の小さな手を当てて、揉みほぐす。そこに、リディアがお茶を差し出した。
「ああ、ありがとうねえ。」
「研究ですか?」
シホが訊くと、甘いお茶に口をつけたフィッフスは、それを口内でゆっくりと楽しむように少しの間、天井を見上げるようにし、ゆっくりと飲み下してからシホに答えた。
「ああ、そう。なかなかいい研究材料があってねえ。今度は近隣に出向いて見ようかと思ってるよ。」
「……今度は?」
「……なら、いまはどこで何を研究しているんだ?」
甘い香りが漂うキッチンに不釣り合いな、二人の男の詰問が、クラウス、リディアの順でフィッフスに向けられる。本人たちはたぶん、それほど強い口調を使っているつもりはないのだろうが、シホには戦いが起こる前と同じような空気を感じる。ところが当のフィッフスはどこ吹く風と言った様子で、無駄に不穏な義理の息子たちを見て笑った。
「ヒ、ミ、ツ。」
「……なんだ、それは。」
ふっ、とリディアが笑った。笑ってしまった照れ隠しのように、甘いお茶に口をつける。二人の空気を感じ取ったのか、クラウスもまた微笑みながらお茶に口をつけた。
みんなが不思議と笑顔になる。この甘いお茶には、そんな効果があるのだろうか。いや、このお茶だけではない。これまで毎日、事ある毎にフィッフスが淹れてくれるお茶も、シホが淹れるお茶も、こうしてリディアが淹れたお茶も。なぜか口にした時、四人の誰もが笑顔になっていたことを、シホは思い出した。お茶にはきっと、そんな効果がある。
シホはフィッフスの肩から手を離すと、キッチンのテーブルに置いた自分のカップに手を伸ばした。
甘い香りと共に、笑顔の素が自分に近づいて来る想像がシホの頭を過り、やはりシホは微笑んだ。
ー甘いお茶……?ーEND
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