第6話 ホットケーキだと教えたのは
「はーい、お茶、入りましたー!」
トレーにはティーカップが四つとティーポット。シホは店側にそれを持って戻った。店側ではリディアの焼くお菓子の香りが、先ほどよりも強くなっていて、見れば既に八枚の焼き菓子が焼き上がっていた。
「ああ、焼けてるね、リディアのたらし焼き!」
「……ホットケーキだと教えただろう。」
「生地の作り方も、焼き方も、教えたのはあたしだろう? あんたは旅先で同じものを見かけて、そう呼んでるってだけで……」
フィッフスとリディア親子の、喧嘩というより戯れに近い言い合いが続いていたが、シホは特に気にせず、リディアの焼き上げたお菓子に顔を近づけた。香ばしい香りが強くなり、近くで見れば、艶のある焼き目が美しい。ちょっと食べるのがもったいないほどで、そう思いながら、口の中が常より遥かに湿度を帯びるのは、抑えられなかった。
「……このお茶は、シホ様が?」
隣に立ったクラウスが、丸いテーブルの上にシホが置いたトレーから、ひとつのティーカップを取り上げて言う。見ればクラウスは既にカップを口元まで持っていって、飲むのではなく、香りを確かめるように、鼻を近づけていた。
「はい、淹れました!」
「いい香りです。フィッフス殿が淹れられたのだと思いました。」
クラウスは冗談も世辞も苦手な、生真面目が服を着て歩いているような男性だ。彼がそう言ってくれるのなら、きっとそうなのだろう。上手く淹れられたのだ。シホは笑った。
「ありがとうございます! これからもお茶、淹れますね!」
「ええ、ぜひ。シホ様のお茶を飲めることほど、嬉しいことはありません。」
「あああ、わかったわかった。そんなにいうなら、お前にこれはつけてやらないからね!」
「……ぬ、それは……」
クラウスが笑顔で答えたその後ろでは、親子の交流が続いていた。本当に珍しく、リディアが声を詰まらせたのは、フィッフスが何かを取り出した、その手元を見てのことだった。
「あんた、このたらし焼き、ジャムだけで食べるつもりかい……!」
『魔女』の二つ名さながらの、禍々しい声を出したフィッフスが、手にした太く短い筒状の紙容器の蓋を開けた。あれは確か、先ほどフィッフスと二人でキッチンを後にする直時、キッチンにある、魔法の力で食品を冷蔵保存しておく扉付きの棚から、フィッフスが思い出したように取り出していたものだ。これがあれば、あの子は喜ぶからね、とひとり言のように呟いていた。
シホもフィッフスの手元に目を凝らすと、フィッフスはその視線を気づいたようだった。シホの方に片目を瞑って合図のような仕草をしたかと思うと、さっ、とテーブルに近寄って、お菓子を焼いた余熱を感じる、丸い鉄板に手を伸ばした。側面に触れると、あの青白い輝きが灯る。但し、それをどうやったのか、鉄板の側面は、半分だけしか光らず、しかも青白い輝きは、先ほどお菓子を焼いていた時よりも、青の色が強かった。
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