第3話 混ぜるか?

 リディアが慣れた手つきで卵を割り、抱えた丸い鉄製の器に中身を落とす。後でキッチンへ片付けるつもりか、殻を店の屑籠には入れず、予め丸い机の隅に用意していた小さな皿に置く几帳面さを見せたリディアは、その皿の横に、これまた予め用意していた泡立て器と小さなカップを手に取った。


「牛乳を。このカップに一杯。」


 リディアはシホにカップを差し出して言う。普段は頼みごとなどしないリディアに頼まれたことに驚き、身を固くしたシホだったが、すぐにカップを受け取ると、瓶から牛乳を注いで渡した。


「全部入れてくれ。で、混ぜる。」


 シホが牛乳を、リディアが抱えた器の中に注ぎ込む。これで中には卵と牛乳が入っている。


「混ぜる?」

「ああ。粉はもう入れあってな。」


 シホが器の中を除き混むと、白い粉の上に黄色い卵、白い粉の周りを白い牛乳が取り囲む、という状態になっていた。 


「これって先日、クッキー屋さんで譲ってもらった、クッキーの生地ですよね?」

「一から作ることもできるが、クッキー生地として既に配分されている粉末の方が簡単でな。卵と牛乳を加えて、弱火で焼けば、クッキーのように固くはならず、ふんわりと仕上がる。」


 伝説とまで言われ、畏怖と敬意の狭間を生きる傭兵『紅い死神』リディア・クレイの口から紡がれているとは思えない言葉が続き、シホは頷きながら笑ってしまう。

 その笑顔にリディアが何を思ったのか、底の深い器を、泡立て器と一緒に、シホの前に差し出した。


「……混ぜるか?」

「えっ、あ、え、はい!」


 何事も、経験である。シホはリディアから器を受け取ると、泡立て器を使って中身を混ぜ始めた。


「縁についた粉も落とせよ、もったいないだろう。」


 想像力の限界を越えて、リディアが家庭的なことを呟くので、また笑ってしまう。が、確かにその通りなので、言われた通り、粉状の生地の元が器の中で余すところなく、綺麗に混ざり合うように、しっかりと混ぜ合わせていく。やがてクッキーの生地と卵と牛乳は、粉だった痕跡すらわからないような、とろとろとした液体に姿を変えた。


「混ざりました!」

「どれ。」


 リディアが器ごと受け取り、確認するように泡立て器を一回しする。何か足りなかったのか、一度、器を抱え込むと、シホの手つきとは比べ物にならないくらいの手際で、泡立て器を動かし、液体を混ぜた。


「……よし、いいだろう。」


 リディアが机の上の、あの丸い鉄板の側面に触れる。青白い光が灯り、鉄板が熱を発し始める。


「焼くか。」

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