第2話 上々の品

「おれも、詳しい仕組みはわからん。」


 言いながら歩み寄ったリディアは、丸テーブルの上に置かれた鉄板に手を伸ばした。中心部に描かれた、掠れた地図を避けるように置いた鉄板の側面に触れると、鉄板が微かに青白い光を放つようになる。


「側面に描かれた魔方陣に触れることで、加熱したり、反対に冷却したりもできるらしい。この鉄板を半々に温めたり、冷ましたりもできるそうだ。詳しい仕組みはわからないが、簡単に使える。フィッフスのいう『善意』というやつかもしれんな。」

「すごい便利ですね……」


 言いながらシホが鉄板の側面に触れると、青白い光は消えた。加熱が止まった、ということだろう。


「おれたちの大陸にも、これくらい便利なものはあった。だが、全てが遺跡からの発掘品でしかなくてな。フィッフスたちのような研究者しか持っていないし、使えない。もちろん、新たに作り出すこともできない。」

「でもこういうものが、大陸中に広がれば、豊かな生活ができる人もいますよね、きっと。」

「そうだな。反発もあるだろうが、浸透すれば、生活が楽になるものもあるだろう。」

「反発? 反発があるんですか?」

「あるだろう。例えば、お前がいた教会のような……」


 リディアがそこまで話したとき、店のドアベルが鳴った。ドアベルの音とは別に、爽やかな鈴の音も聞こえ、誰が入ってきたかはすぐにわかった。


「お帰りなさい、クラウスさん!」

「……あったか?」

「ああ、上々だ。」


 ……なんだかこの二人が話すと、とても危険なもののやり取りをしているように聞こえるが、シホもクラウスが何をしに出かけていたのかを知っている為、つい吹き出してしまう。


「……何か?」

「いえ! それより、ありがとうございました、卵と牛乳!」


 シホが指摘すると、クラウスは手に下げたかご編みの鞄を持ち上げて、机とセットになった椅子の上に置いた。鞄は『銀の短剣』で買い物用に使っているものだ。

 シホが中を確認すると、十個一袋に入った卵と、瓶の牛乳が二本入っていた。それから紅色と明るい黄色の、拳大の瓶が二つ。


「……これは?」

「フィッフス殿に頼まれました。紅茶に入れても良いというジャムだそうです。」

「これも『鳥籠の花』で?」

「ええ。頼んでおいたらしいですよ。」

「……苺とマーマレードか。いいな。」


 シホが鞄から卵と牛乳を慎重に取り出し、机の上に並べていると、器を抱えたリディアが歩みより、鞄の中からジャムの瓶を持ち上げて確認する。苺のジャムも、柑橘類が多く入ったマーマレードも、『銀の短剣』のショーウィンドウを通した陽の光に照らされて、宝石のようにキラキラと輝いている。


「使おう。」

「早速ですか?」

「ああ。」


 シホの問いかけにジャムの瓶を机に戻したリディアは、代わりに卵の袋に手をいれると、ひとつ、取り出した。


「これにはよく合う。」

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