おやつ、焼きます!

第1話 料理するなら

 むー。


「……何を唸っている?」


 顎に手を当て、近づいたり遠のいたりして、鉄製の円盤を眺めていたシホ・リリシアは、突然かけられた声に驚き、声の方に向き直った。少し癖のある陽光のような金髪が揺れる。

 てっきり一人だと思っていたのだ。だから、声まで出して悩んでいた。


「リ、リディアさん!?」


 そんな姿を、一番見られたくない人に見られてしまった。声の主はリディア・クレイだった。リディアには、いつでもちゃんとした自分を見てもらいたい。

 が、驚き、リディアに向き直ったシホは、リディアの意外すぎる姿に、思いがけず吹き出してしまった。


「……なんだ。」

「いえ! いえ! 何でもないんです! 何でもないんですけど……」


 妙に似合っているのだ。それが不思議でならなかった。

 リディアはいま、シホたちの店舗兼住居である『銀の短剣』の、店側と住居側とを繋ぐ廊下の、ちょうど真ん中に立っていた。シホは店側にいて、リディアに言われたをしていたので、リディアは住居側から出てきたことになる。背中まである長い黒髪をまとめて結い上げた姿で、それだけでも十分珍しいかったが、さらにいつも纏う黒いコートは脱いでいて、黒い半袖シャツと黒の革のズボン、足元はちょっと突っ掛けて履いた、踵の潰れた布の靴という、珍しさのてんこ盛りのような出で立ちだった。さらにさらに、その手には銀色の、鉄製で底の深い、丸みを帯びた器があり、それをお腹に押し付けるように抱えて持っている。その押し付けたお腹の部分は、黒い着衣ではなく、白い布が被っている。いや、胸から腹、膝丈まで、リディアの前面だけは、着衣とは異なる、白い布に被われている。


「……跳ねるだろ、生地が。」


 あれは、フィッフスのエプロンだ。

 シホたちがやって来たの大陸では、伝説の傭兵『紅い死神』と呼ばれ、恐れられたのがリディアだ。そのリディアがエプロン姿で立っている。にもかかわらず、不思議と違和感がない。その自然体である事実が、シホにとってはあまりにも不自然で、どう我慢しても笑顔になってしまうのだ。


「……まあ、いい。それで、何を唸っている?」

「あ、えと、はい、この鉄板が、どうやったら調理器具になるのかなあ、と思いまして……」


 シホは先ほどまで眺めていた丸い鉄板を指で指し示した。

 シホが置いた鉄板はいま、大きな机の上にある。クッキーを買いに出た先日よりは片付いて、ようやく『物置』から、かなり店らしい体裁になったとはいえ、未だ周囲には物が多い。大きな丸い机は、それら物の中心、店のど真ん中にあり、木製ながら重厚な作りで、縁を真珠貝の細工で飾ってある、洒落た品だった。どこか異国の地図らしきものが表面に刻まれていて、中央の掠れた装飾文字は辛うじて『テゥアータ』と読める。この大陸とも、シホたちが来た大陸とも異なる世界を感じさせてくれる良品で、シホは売り物にはせず、いずれ商談用に使おうと考えていた。

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