第6話 袋の中身は
「待たせたね、これに入ってるよ。」
初老の店主が持ってきたのは、紙の袋だった。手のひらに乗る程度の大きさだが、外見からして、何かがずっしりと詰められていて重たそうだ。
「すまない。」
「いやいや。これからもご贔屓に!」
にこやかな店主に送られて、シホはクッキーが詰まった箱を抱えて店を出た。後ろからはクラウス、そしてリディアが付いてきた。紙製の箱越しにも伝わる温もりは、クッキーが焼き立てであることを伝えていた。それだけで幸せな気持ちになり、笑顔になってしまう。
「リディアさん、その袋の中身もクッキーですか?」
商店通りを『銀の短剣』に戻りながら、なんとなく気まずそうな顔をしたことを思い出して、シホは歩調を合わせてリディアの隣に並び、訊ねてみた。
「いや、違う。」
「え、じゃあ他の焼き菓子とか?」
「違う。」
「生地の元、か?」
ふいに訊いたのはクラウスだった。シホがリディアの方に目を向けると、クラウスの質問が的を射ていることの証のように、リディアは驚いていた。小脇に抱えた小さな紙の袋を、それとなく見えない位置に動かされた気がした。
「生地の、元?」
「その袋を持った時の音から察する独特の詰まりよう、大きさのわりに、重心が僅かに袋を抱えている側に傾くほどの重量がある様子は、何か細かい粉状のものが詰まっているように思っただけです。焼き菓子店で譲ってもらえる細かい粉状のものは、焼き菓子の生地の元以外にないかと。」
クラウスが彼らしい淡々とした指摘を述べる。リディアはちっ、と舌打ちのような音を立てる。クラウスの四感を極限まで活かした感性の前では、秘密ごとはできないようだ。
「生地の元? 生地の元をもらって、どうするんですか?」
「……焼くんだよ。」
「焼く?」
シホはリディアの顔を見つめ、焼く、という意味を少し考えた。そしてそれが焼き菓子を自分で作る、という意味だと理解すると、自分でも分かるほどの驚きと、満面の笑みが一緒になった表情になった。
「リディアさん、自分でお菓子、作れるんですか!?」
「……フィッフスに仕込まれてるからな。材料があれば、茶菓子くらいは。」
「作ります! わたしも作ります!」
「……じゃあ、また別の日だな。今日はそのクッキーでいい。」
すっ、とシホから視線を外し、前を向いて歩いていくリディアの横顔を、シホはにやつきながら見ていた。リディアが意外にも断らなかったこと、そしてリディアがどんなお菓子を作るのか、そこにフィッフスはどんなお茶を合わせるのか。できあがりを考えるだけで幸せで、思い切って飛び込んだこの日常が、ただそれだけで価値のあるもののように思えて、シホはまた笑った。
ー買い物、行きます!ーEND
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます