第5話 お買い物
「あれ、骨董屋の若店主さんじゃあないか。大店主さんの頼みものかい?」
「あ、えと、はい! 買い物に伺いました!できてますか?」
リディアの影から顔を覗かせた店の男性は、初老と見える顔の皺を深め、恰幅のいい白いエプロン姿を揺らして豪快な笑い声を上げた。
「そんな緊張することないよ、若店主さん! 同じ商店通りに軒を構えることになったんだ。気楽においで、気楽に、ね。」
ああ、物はできてるよ、と言いながら、男性は店の奥へ下がった。たぶん、彼はこの店の主なのだろう。同じ商店通りの、隣近所の人の顔も覚えなければ、とシホは思う。
「フィッフスがなにか頼んでいたのか?」
気がつくと、リディアがこちらを向いていた。クラウスほどではないが、少し見上げる位置にある鼻筋の通った女性のような顔とシホは向き合った。
「はい、こちらのクッキーをお願いしていました。」
「で、お前が買い物に?」
彼の大陸から共に旅をして来たリディアも、当然シホの事情は知っている。言葉は明らかに、お前で大丈夫なのか? と言っていた。
「こういうことも、できるようにしていかないと。」
「まあ、そうだな。」
はい、おまたせ、とそこに焼き菓子店の店主が戻った。手には四角い箱があり、中にはいっぱいのクッキーが詰められていた。
「わあぁ……!」
思いがけず声が出てしまった。はっ、と気づいてクッキーを食い入るように見ていた顔を上げると、店主さんが笑っていた。
「喜んでもらえて良かったよ」
そう言いながら、帳簿のようなものを取り出した。あ、と気づいて、シホはクラウスに言われたように財布を取り出して、硬貨を店主に渡す。
「ああ、御釣りだね、ちょっと……」
「待て、店主。」
言ったのはリディアだ。その手がシホの手の中の財布に伸びてきた。
「見せろ。」
元々フィッフスの財布であるし、リディアがフィッフスの息子であるので、シホは言われるままに財布を手渡す。
受け取ったリディアは財布の中をあらためて、シホが出したのとは色の違う硬貨を数枚取り出して、店主に差し出した。
「……これでいい。御釣りが出ないようにその場で計算して出してやるのも礼儀だ。店の人間の手を無駄に煩わすな。」
「おお、悪いね。ほんと、あんたは見かけによらず、庶民的というか……」
「……母に仕込まれててな。ああ、それで、さっき頼んだものは、譲ってもえるか?」
「ああ、構わないよ。今回は御近づきの印だ。サービスしとくから、持っていきなよ。」
言いながら、店主はまた店の奥に下がった。
「……少しずつ、覚えていかないとな、若店主」
勉強することは、毎日の中にたくさんある。シホは改めて、たくさんの日常を経験して、覚えていかないと、と思う。
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