第4話 焼き菓子店に黒い影
「これがお金で、これを出して、物と交換する、と……」
「簡単に言えば、それだけです。わたしもついていますので、実践されてみてください。」
クラウスから渡された財布には、何枚かの硬貨と紙幣があり、簡単な買い物の指導を受けながら、シホとクラウスは通りを歩いていく。
目的のクッキーを扱っている焼き菓子店は、『銀の短剣』と同じ通りにあるので、さして歩かずに着いた。店先まで焼き菓子の甘い香りが漂っていて、そこに立っているだけで幸せな気分になる。
『銀の短剣』と同じく、間口が狭く奥に長い形状の焼き菓子店は、通りに面してショウウィンドウが設けられていて、この作りもシホの店と同じだった。おそらく、しっかりとした都市計画を元に、まとめて開発された商業地区なのだろう。ウィンドウの中には形とりどり色とりどりのクッキーが並べられていて、目で見て、味を想像することができる。漂っている香りが手伝って、シホはクラウスに悟られないように溢れ出た唾を飲み込む。
「……何をしているんだ、あいつは。」
飲み込んだ瞬間に、背後でクラウスにそう言われ、シホは自分のことではないとわかりながら、首を竦めてしまった。恐る恐る振り返ると、クラウスは店の扉の前にいて、店の中を覗くような仕草をしている。もちろん、実際には視力で捉えることはできないので、クラウスが『見て』いるのは、店の中の人の気配だ。
「クラウスさん、どうしたんですか?」
「いや、意外なやつがいるもので。」
そう言ってクラウスは店の中を指差した。シホはその指先を追って、焼き菓子店の中を見る。そして、え、と驚き、声を詰まらせた。確かに、最も居そうにない人物がそこにいて、しかも店の人間と何やら話し込んでいる。
明るい焼き菓子店には似合わない、上から下まで真っ黒な人影。背中まである長い黒髪。黒い外套に黒い
「リディアさん……?」
シホはその人物の名前を呟きながら、焼き菓子店の扉を引いた。ドアベルが可愛げな音を立てる。
「あんた、詳しいねえ。見たところ、菓子作りなんかしそうにもないのに。」
「……母に仕込まれててな。で、譲ってもえるか?」
「リディアさん。」
シホが声をかけると、黒い人影は振り返った。シホたちと共にこの国に来た、フィッフスの養子リディア・クレイは、一度驚いた顔をしたあと、なんとなく気まずそうな顔になって、人影は店の人に向き直ってしまった。
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