第3話 お茶請けのクッキー
「あれ、もうこんな時間かい。」
クラウスに指示した後、フィッフスが纏った、ゆったりとした紫のワンピースのポケットから、金の懐中時計を取り出し、針を確かめて言った。昼を食べてから始めた店の片付けだったが、もう二時間も経っただろうか。一向に片付かないせいか、時間の感覚がない。
シホとフィッフス、クラウスはいま、自分たち住居兼店舗である建物の、店側にいた。店、と言っても、まだこの国に来たばかりな上に、フィッフスの荷物が尋常な量ではないので、物の整理に追われて開店休業中だった。ただ、屋号だけは決まっていた。
魔法遺物、魔法道具を扱う骨董店『銀の短剣』。
フィッフスは元々いた大陸を離れる時に、自身で出していた骨董店を畳んだが、その屋号をそのまま使い、店はシホが譲り受けた。
「とりあえず、お茶にしよう。一息一息。」
肩が凝ったのか、回しながらフィッフスは奥の住居スペースへ入っていった。お茶を淹れに行ったのだろう。後で肩を揉んで上げよう、とシホは思う。
「シホ様。この怪しげな短剣は如何しましょうか。」
「え? どれ?」
シホはクラウスに近づくと、クラウスの手に握られた小さな短剣を見た。黒銀色の刃は荒く削られて、持ち手に巻かれた革は腐食している。手のひらほどの大きさもないナイフだ。
「怪しげ……」
「あ、いえ、ひとまず、どこに置きましょうか。」
シホは少し引っ掛かる物を感じたが、ひとまず、という言葉に引かれて、棚の隅に刃物を集めてあるので、そこへ置くように依頼した。あれも近々、虫干しした方が良さそうだ。
「あー、シホー!」
大きな声が店の奥から聞こえたのはその時だ。
「はーいっ! なんでーすかー!」
「お茶請けのー! クッキー! 頼んでたんだよー! 貰ってきてくれるー!」
普段、そうそう大声を出すことがないので、シホは一息入れて応じる。
「わっかりましたー!」
「お金、店のカウンターにあるでしょー! 持ってっといてー!」
え、とシホは声を詰まらせた。クッキーを、買ってくる……?
「シホ様、わたしが行って参ります。」
クラウスが申し出た。たぶん、シホが言葉を詰まらせた理由を慮ってのことだ。だが、シホはそれを手で制した。
「わっかりましたー! クラウスさんと出てきますー!」
「頼むよー!」
大声を出し疲れて、はあ、と息を吐いたシホは、すぐに笑顔でクラウスを見た。クラウスは瞳が閉ざされたままでも、驚いていることが分かる顔をこちらに向けている。でも、何もかも人任せに出来た、『聖女』と呼ばれて祭り上げられていた頃とは違うのだ。これからはこの店を経営していかなければならない。買い物に行ったことがないなどという世間知らずでいつまでもいるわけにはいかない。
「と、言うことです。教えて貰えますか?」
「……畏まりました。」
クラウスが恭しく一礼する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます