買い物、行きます!

第1話 ……ごみ、ですか?

「あ、シホ、ちょっと、そっちの本の山、この棚に並べてくれるかい?」

「はい、えっ、と、これですか?」


 シホ・リリシアは自分の足元に視線を落とす。そこには積み上げられた分厚い書籍の山が計4つ。


「……ど、どれですか?」

「そのー、左の、一番上が緑の山。」


 シホが再度確認すると、紫のゆったりとしたワンピースに身を包んだ五十絡みの大柄な女性は、自分の作業の手は止めず、顔だけこちらに向けて山を指定した。首を振った反動で、大きく三つ編みに編み込まれた白髪が、肩の辺りで勢いよく揺れた。


「それはアヴァロニアの旧統一王国について記された記録の中では、かなり古いものでね。信憑性はともかく、それがあるというだけで、価値のあるものなんだよ。」


 そう言って、女性は歯を剥き出しにして豪快に笑った。そういうわりに、この置かれ方は煩雑はんざつな気がしないでもない。


「は、はい……」

「だから、とりあえず棚へ……ふう、思ったよりも多かったねえ、物が。」

「フィッフス殿、この棒は捨てて構いませんか。」


 鈴の音と共に響いた男性の声は低く、落ち着いている。シホには安定感、安心感を与える声だった。目をやると、いま本を並べるように言われた棚の奥から、長身の男性が顔を覗かせていた。清潔感のある短髪に、面長で男性的に骨ばった顔。シホが兄のように慕う従者、クラウス・タジティだった。


「『殿』じゃあなくて、『さん』くらいでいいんだよ、クラウス。」

「申し訳ない、フィッフス……殿。」


 フィッフスがいまにも吹き出しそうな顔をしてクラウスを見ていた。この固さ、生真面目さ、無骨さがクラウスだった。


「それで、この棒ですが、捨てますよ。」

「あああ、それは駄目だよ、クラウス。あんた、それがどんなものか、わかるんじゃあないのかい?」

「微量の魔力を感じますが……ごみ、ですか?」


 ぷっ、とシホは吹き出してしまった。フィッフスは額に手を当てて、参った、という仕草を取っている。クラウスはといえば、フィッフスの言葉を受けてか、よりよくそのものを確認するため、逆さにしたり、横にしたりしながら、その棒切れをぺたぺた触っている。そうしなければ確かめられない理由が、クラウスにはあった。

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