第5話 本当に大切なのは
シホがカップを手に取り、そーっと口をつけた。紅茶が唇に触れた瞬間、シホの目が線のように細くなる。
「美味しい……!」
「そうかい? ありがとうねえ。」
「フィッフスさん……」
「ん? なんだい?」
「魔法使いみたいでした、お茶を淹れるフィッフスさん。」
その言葉の意味を、フィッフスは少しだけ考えた。シホがなんのことを指してそう言ったのか。
「……手際の話かい?」
「そ、そうです! すごくてきぱきしていて……」
「まあ、何杯も何杯も淹れてるからねえ、お茶は。」
ほくほく、という音が聞こえてきそうなほど、幸せそうな顔を見せるシホは、フィッフスの淹れたお茶から口を離さない。フィッフスも自分用に淹れたお茶を手に取ったが、ちょっと考えてからそのカップを置いた。代わりにシホが最初に淹れたお茶の入ったカップを手に取ると、それを見たシホが目を開いて驚きの声を上げた。
「フィッフスさん、そっちは……」
「ん? いいんだよ。あたしはこのお茶も好きだよ。なにせ、あんたが初めて淹れてくれたお茶だからねえ。」
言いながら、フィッフスはカップに口をつけた。お湯の温度が高く、蒸らし時間も長く取られたであろう、少し濃く、苦味が強いお茶を、フィッフスは舌の上で転がして、鼻に抜ける風味をじっくりと楽しんだ後に飲み込む。
「手際は、やっていけばいずれよくなるのさ。お茶の味も、いずれ一番いい状態がわかってくる。でもね、一番大事なのは、お茶を淹れたいと思うことさね。淹れたいと思う相手がいて、淹れたいと思って淹れること。シホのお茶は、ちゃんとその味がするよ。」
シホが顔を真っ赤にして俯いた。苦味が強いシホのお茶。でも、誰かを想って淹れたお茶は、ちゃんと美味しい。
「手際も、手順も、後からついてくるものさ。さあて……」
フィッフスがカップを置くと、表の入り口のドアベルが鳴った。二人の男が言葉を交わす声が聞こえる。それが言い合いのようなやり取りでありながら、妙に仲良くも聞こえ、誰が入ってきたのかをフィッフスにすぐ想像させた。
「リディアもクラウスも帰ってきたみたいだね。さあ。」
フィッフスはシホにカップを持つように促した。シホの手にひとつずつ、フィッフスと合わせて4つのティーカップから、爽やかな春の香りがキッチンいっぱいに広がった。
「「お茶にしましょう!」」
フィッフスとシホは声をハモらせて、キッチンを出た。
ーお茶、淹れます!ーEND
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