第3話 カップは4つ

「お湯は、火にかけて、沸騰してすぐの熱湯だったみたいだねえ」


 一目見て、フィッフスはそのことに気づいた。コンロの上に置かれた薬缶からは、湯気が上がっている。

 元々、フィッフスやシホたちが暮らしていた国、というより、大陸では、考えられなかったことだが、いまふたりが暮らす国には、魔法がごく平然と生きていた。コンロは自然魔力が動力として供給されており、誰にでも触れば簡単に扱えるよう魔法が調整されている。当然、シホにも扱えるもので、コンロの側面に描かれた魔法陣に軽く触れるだけで、湯を沸かす火は起こすことができた。

 彼の大陸では『魔女』と呼ばれ、魔法を込められて作られた遺物、魔法によって作られた遺物を研究していたフィッフスは、前々からそうした国が存在することは噂に聞いていた。研究者として、一度は訪れてみたい、と思ってはいたが、彼の大陸のものにしてみれば、全くの眉唾物の噂で、だからこそ、シホが共に行く、と決めたとき、フィッフスはこの地を目指そうと決めたのだった。アーシア大陸のほぼ中心に位置するフィン民主国。国民の実に九割以上が『魔法使い』と呼ばれる国。それが、いまのフィッフスたちの住処だ。


「で、茶葉は春摘みのダージリン、と。」


 フィッフスはカップの横に置かれた小袋を見る。袋の表面には美しい花々に囲まれた白い髪の、背中に翼を持つ少女の絵が描かれている。どうやら紅茶専門店『鳥籠の花』のマスコットのようだ。目を閉じ、風を受けているのか、とても清々しい顔で微笑んでいる。

 その袋の中には、やや青みが強い大きめの茶葉が入っていた。乾燥されているので、実寸はわからないが、お湯を含めば、大きく広がるだろう。いい茶葉だ、とフィッフスは感じた。


「カップは4つ……なんだい、クラウスとリディアの分も淹れようとしたのかい?」


 にんまり笑って振り返ると、シホがまた顔を赤らめた。


「えっと、その、クラウスさんとリディアさんも、だいたいお茶の時間には帰って来るので……」

「ありがとうねえ。あのどら息子ども、ちゃんと戻るんだろねえ。」


 クラウスとリディアは、フィッフスが息子のように面倒を見ている青年だ。クラウスの方は元々、シホの従者であり、このフィン国への旅と定住に際して、保護者の代わりを務めるようになったが、リディアは幼少期からフィッフスが育てた。実の子ではないが、付き合いは長く、二十歳という年齢のわりにしっかりしたクラウスと違い、他人を意図的に避ける、跳ねっ返りな面がある。もちろん、そこに理由はあり、フィッフスもその理由のせいで強くは言えない。だが、十七にもなれば、もうそろそろ落ち着いてもいいのではなかろうか。あのどら息子が。


「……ええと、なんだっけか。ああ、カップは4つねえ。なるほど。」

「フィッフスさんがお茶を淹れるところ、いつも見ていたので、真似てみたんですが……」


 シホが言うのを聞きながら、フィッフスはカップに少し残っていたお茶を口にする。なるほど、僅かに苦味が強いようだ。


「んん、美味しいじゃあないか。あたしは好きだけどねえ」

「ほんとですか!!」


 俯き加減だったシホの表情が、ぱっと華やぐ。この分かりやすさが、この子の美徳だとフィッフスは思う。

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