第2話 味見しようかねえ

「んー? どうしたんだい、シホ。」


 フィッフスはそんなシホを直視し続けることはせず、自分の作業を継続しながら話を振った。あまり真正面から向き合われるよりは、こういう方が話しやすいこともある。たぶん、いまのシホはそういう状況だ。フィッフスに実の子どもはいなかったが、男の子を一人、育てた経験はある。


「お茶を、淹れたんですけど……」

「うん、ありがとうねえ。」

「あ、はい、いや、えと、淹れたんですけどね……」

「味が、違うかい?」

「えっ……」


 フィッフスは手を止めると、にんまり笑ってシホに向き直った。図星らしいシホは目を丸くして、これ以上驚けない、という顔をこちらに向けている。


「思ったら、あんたがお茶を淹れてくれたの、初めてだったねえ。どれ、ちょっと味見しようかねえ。」


 シホは他人を思いやれる、優しい子だ。たぶんいまも、食料品の買い出しをして帰ってくるフィッフスのことを思って、手隙の間にお茶淹れようと考えたのだろう。しかし、シホはお茶を淹れる、という行為をしたことがないはずだった。年齢はまだ十五だが、元いた国では国家最高権力の一画を担う立場にいた少女だ。出自は分からず、育ちは農村という経緯ながら、大人の事情が彼女をそんな立場に引き上げた。仮に野良仕事の合間で茶を淹れた経験があったとしても、普段フィッフスが淹れる『お茶』とは別物であるし、高い立場になれば、自分でお茶を淹れることなどなかっただろう。そんな中でも、自分ができることは、どんなことでもしたい、手伝いたい、と能動的に動いて、他人のためになろうとするのが、シホという子だった。

 半年ほど前、フィッフスはシホと知り合った。彼女がある強大な力と立ち向かわなければならず、フィッフスはその『強大な力』に対する知識があった。協力する形で関わったが、自分を親のように慕ってくれるシホを、フィッフスは娘のように感じた。

『強大な力』との争いが一段落した時に、フィッフスがシホを誘ったのは、そうした理由だ。彼女の『強大な力』との戦いはいまだ完璧に終わってはいなかったが、別の向き合い方もあるのではないか、とフィッフスは彼女を連れ出したのだった。まさかそれで、本当に彼女が権力から離脱し、自分の店を継ぐと言い出すとは思ってはいなかったが、フィッフス自身は満足していた。この生活を通して、『魔女』と呼ばれる自分の知識を彼女に渡すことが出来るなら、それは彼女が今後『強大な力』と再び向き合うのに必要な力を身につけることにもなる……というのは、フィッフスの体のいい言い訳で、詰まるところ、フィッフスはシホという少女が好きで、娘のように過ごすこの時間を愛していた。


「なにか……フィッフスさんが淹れてくれるより、濃いというか、苦い気がするんです。」


 恐る恐る、といった様子で言うシホの隣に立ち、キッチンに向かったフィッフスは、シホが淹れたお茶の入ったティーポットとカップに目を落とした。

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