二週間後(火) 卒業旅行と近況報告だった件

「そいじゃね、うどん打つ人と野菜を切る人に分かれて」

「「「「はーい」」」」


 本日から始まった一泊二日の卒業旅行。久し振りに顔を合わせた元C―3のメンバーは、驚いたことに全体の七割である三十人近くまで集まった。

 卒業してから二週間程度では流石にそこまで変わらず、せいぜい私服姿が珍しい程度。ただ女子は水無月同様にマニキュアを塗ったり、まだ不慣れなのか俺でも気付くレベルの厚化粧をしていたり、中には髪を茶色に染めている子も数人いたりする。

 そして今はうどん作り体験ということで三、四人のグループになって調理を開始。各々が仲良しと組んだため、男女が入り混じることもなく綺麗に分かれる形になった。


「う、打つ方と切る方、どっちにする?」

「どっちでもいいぞ……」


 エプロン&三角巾を付けると女子らしさが一層増す相生葵あいおいあおいが尋ねると、同じ恰好の筈なのにいかにも料理人といったオーラを出しているイケメン男、渡辺わたなべが一番困る解答をする。

 俺のグループはこの二人にアキトを加えた、修学旅行の時と同じチキチキ四人組だ。


「ぼ、僕もどっちでも大丈夫だけど……櫻君とアキト君は希望とかある?」

「じゃあ食べる係で」

「拙者は喋る係がいいお」

「「いぇーい!」」

「えぇっ?」


 脱オタ宣言をしておきながら旅行中は今まで通りに振舞うらしく、エプロンの隙間から『金は無いが夢がある』と書かれたTシャツの『金』と『夢』だけがチラ見していて面白いことになっている親友とハイタッチを交わす。

 二人はどちらでも良いと言っているが、打つ作業と切る作業とでは雲泥の差。特にイタリアンレストランで働いている渡辺は、野菜なんて嫌になるほど切っているだろう。


「とりあえず俺と葵が切る担当で、アキトと渡辺が打つ担当でいいか? せっかくの体験だから、余裕ができたら交代する感じにしてさ」

「おk把握……と言いたい所さんですが、米倉氏に包丁を握らせて大丈夫なので?」

「ごぼうはこのささがきマスターに任せろ」

「さ、ささがきマスターって?」

「俺は中学の時の調理実習で、ジャガイモの皮剥きをささがきでやった男だ!」

「えぇぇっ?」

「あるあ……ねーよ」

「食べる部分も皮と一緒に削ぎ落とされてそうだな……」


 普通の男子高校生なら料理スキルなんて身についていない筈なのに、無駄にハイスペックな三人からは理解を得られず。だって丸い物の皮剥きとか、指がスパッていきそうで怖いじゃん。

 料理慣れしている葵が人参、大根、ネギといった食材を短冊切りや小口切りにタンタンタンとリズム良く切っていく中、俺はごぼうのささがきが終わった後で因縁のジャガイモと再会。しかしこちらにはピーラーという文明の利器がある。

 その一方でアキトと渡辺はうどん作りを開始。大きなボールに入っていた粉を前にして、少しずつ塩水を加えながら生地が一つにまとまるまでこねていった。


「結構力がいるな……」

「重要なのは腰ですな。うどんだけにコシが必要な希ガス」

「そうか……」

「いや突っ込めよ! 誰が上手いこと言えと!」


 ジャガイモの芽を念入りに処理しつつ、突っ込み不在の恐怖に介入。二人はある程度まとまった生地を袋に入れて踏み始めるが、リアクションの差が激し過ぎて逐一面白い。


「なあ葵。適当な大きさってどれくらいだ?」

「えっ? て、適当でいいんじゃないかな?」

「直径何センチくらいか、有効数字二桁で頼む」

「えぇっ?」


 どの程度のサイズに切れば良いのか不安で仕方ない俺は「これくらいか?」と逐一確認を取りつつ、ようやくジャガイモとの死闘を終える。

 ひとまず切る担当の仕事は一段落したようなので、アキトと渡辺の生地作りが終わるまでは休憩。他のグループはどんな感じにやってるのか様子を見に行った。


「おぉっ? 菊練りができるなんて、お嬢ちゃん経験者かい?」

「……陶芸部で」

「はぁーっ! 陶芸部! 成程ねぇー」


 指導役の人が驚いている相手は、水無月の親友である無口系少女。まるで粘土を扱うように小さな身体で生地を菊練りしていた冬雪音穏ふゆきねおんは、照れつつペコリと頭を下げた。


「似てるとは思ってたけど、うどんでも菊練りってするのか?」

「……(コクリ)」

「それなら陶芸部の合宿に菊練りの練習を込めて、うどん作り体験を入れるのも有りだな」

「……なし」


 じゃあ事前に食べるためのうどん鉢を作って、パーティーの時に皆でうどんを打つのは……と言い掛けたものの、無駄にあの日常が恋しくなってきたので黙っておく。

 冬雪の隣では後ろ髪を編み込んでいる内気目隠れ博多っ娘の如月閏きさらぎうるうが、器用に包丁でジャガイモの皮剥き中。うっかり声を掛けでもしたら驚きのあまり指を切りかねないため、そっと見守るだけにして立ち去った。


「うひょーっ? 何だこれっ? ムニムニしてて未知の感触パねぇっ!」

「マジかよっ? ムーニー○ンかっ?」

「ああ! これはマジで履かせるおむつムー○ーマンだわ!」


 男子連中はアキト同様に、うどんを踏んで興奮している様子。完全にテンションだけの会話だが、女子もキャーキャー騒いでるし滅多に味わえない感覚なんだろう。

 踏む工程を数回行った後は1メートル近くある大きな板と長い棒が登場。陶芸部ののし棒は30センチくらいだったため、三倍近いサイズを前にして目を丸くする。

 まずは板に生地が付かないように手粉を巻いてから生地を乗せると麺棒で縦に伸ばし、今度は向きを変えて横に伸ばし、それを繰り返して生地を円形にしていくらしい。


「相生氏もやってみるといいお」

「う、うん。えっと……こんな感じ?」


 時には生地に手粉を塗ってから、麺棒に生地を巻きつけたまま押しつけるようにして伸ばしていく。最終的には直径60~65センチくらいまで広げるそうだ。

 交代で生地を薄く大きくしていく一方、野菜類は大きな鍋に入れて炒め始める。あくを抜いたごぼう、しめじ、じゃがいもといった火の通りにくい物から順に、長い木のしゃもじで混ぜながら次から次へと投入していき、少しして出汁と共に煮込み始めた。


「それじゃあ切る作業ですけど、まずはこうやって――――」

「「「「おー」」」」


 指導役の人が伸ばしきってペラペラになった生地を麺棒に巻きつけてから、鉈みたいな包丁で切れ目を一本入れると、生地が重なるようにハラリと落ちて思わず声を上げる。

 そのまま約1センチくらいの間隔で丁寧に切っていき、何本かできたところで麺切り包丁を下から差しこみ、ひょいっとひっくり返せば麺の出来上がりだ。


「こんな感じか……」

「よし、次は俺に任せろ」


 最初に挑戦した渡辺が簡単そうにやってみせたので、意気揚々と麺切り包丁を受け取り挑戦。しかしながら包丁を下ろしてみても、スパッと綺麗には切れない。

 仕方ないのでノコギリのようにギコギコしながら、ある程度の本数ができあがったところで包丁を下から差しこみ、慎重にひっくり返してみた。


「切れてない……だと……?」

「それ以前に、明らかに太さが1センチ以上ある件について」

「あ…………悪い。1インチと勘違いしたわ」

「えぇぇっ?」

「2.54センチメートルとか、あるあ……ねーよ」

「いやいや、これ普通に難しいからやってみろって!」

「あるあ……ね…………? あ……あるある?」


 交代して麺切り包丁を手渡すと、余裕ぶっていたアキトも苦戦している様子。その後でチャレンジした葵も手こずっており、実は麺切りが上手い男、渡辺が証明された。

 和気あいあいとしながら生地を切り終えた後は、麺をほぐしつつ鍋の中へ投入。途中で醤油や昆布つゆ、みりん等を入れつつ野菜と一緒に十分ほど煮込めば、手作りうどんの完成だ。


「いただきま…………っとと」


 他の仲間達が食べる前にスマホで撮影しているのを見て、せっかくなので俺も真似するように手作りうどんの写真を撮ってから水無月に送っておく。

 さてさて問題のお味の方はと言えば、これがまた美味いのなんの。普段食べている麺とは異なるモチモチした食感に、新鮮な野菜の成分が沁み込んだ出汁。途中でゆずを削って入れることで、一度に二度の美味しさを味わうことができて最高だった。

 こんなに食べられるのかと思うくらいの量が入っていた鍋の中は、気が付けばあっという間にすっからかん。満腹になった俺達は御礼を言うと、次なる目的地へと出発した。


「この二週間、何してたよ?」

「拙者は暇だったのでプログラミングの勉強と、趣味の工作を少々」


 食休みを挟んだ後は二人乗りの手漕ぎボートに威勢よく乗ったものの、全身運動が予想以上にしんどい。湖の真ん中で停止すると、休憩がてらに親友の近況を尋ねる。


「工作ねえ。また変な物を魔改造してたのか?」

「今持っている技術で子供の頃に遊んだ玩具を弄ったら、ぼくのかんがえたさいきょうシリーズが作れるのではと色々試してただけでござる」

「あー、その手の動画って結構あるよな」

「米倉氏は如何様に過ごしたので?」

「特にやることもないから、スマホで動画見てゲームしてた。最近リリースされた『マングースの世界』ってRPGが結構面白くてさ」

「奇遇ですな。それなら拙者もやってるお」

「おっ? マジか! お前がRPGなんて珍しいな。今レベルいくつだ?」

「今回は拙者の柄にもなく結構ハマったので、確か60くらいまで上がってるでござる。いくら米倉氏がゲーマーと言えど、流石に負けてないのでは?」

「いや、俺レベル192なんだけど……」

「ブッフォ!」

「効率良い狩り場があって、そこで戦えばすぐにレベル上がるからさ」


 そんなにやり込んだつもりはなかったが、格の違いを見せつける結果に。他にもオススメゲームや動画について聞きつつ、充分に休んだところで岸へ帰還しに向かう。


「阿久津氏との関係は良好で?」

「そうだな。ここ暫くはデートしまくってた。来週も花見デートの予定だ」

「リア充爆発しろ」

「でもこの前ようやく手を繋いだくらいで、キスもまだなんだよな。一緒に映画を見に行った帰りとか、結構いい雰囲気でいけるかなって思ったんだけど――――」


 水無月とのデートについて語り出すと止まらず、岸に着いた頃にはアキトが「ちょっと拙者、吐血してもいいですか?」と言い出す始末。どうやら知らず知らずのうちに、のろけ話をしてしまっていたようだ。

 夕方には旅館に到着すると、一日の汗を温泉で洗い流す。明日は明日で美術館なり色々と回るみたいだし、充実した卒業旅行の計画を立ててくれた女子には感謝しかない。

 風呂から上がった後は、浴衣姿になったクラスメイト達と一部屋に集まってドンチャン騒ぎ。何人かが「酒が飲みたい」なんてテンションのおかしい発言を始めたところで、眠くなってきたため葵と共に自分の部屋へと離脱した。


「葵はここ最近、何してたんだ?」

「ぼ、僕は友達と遊んだり、映画を見に行ったりしてたかな」


 詳しく話を聞いてみれば、先日のデートで見た作品も当然のように鑑賞済み。それも本編だけでなく、元になった原作まで読んでいるという徹底っぷりだった。


「流石だな。最新作は全部チェックしてるのか?」

「そ、そんなことないよ。ただ話題になってる作品は基本的に見てるのと、何か気になる作品を見つけた時もついつい見ちゃうだけで……」

「一人で行ったりもするのか?」

「う、うん。たまにそういう時もあるけど、ほとんどの場合は家族とか中学校の友達とか部活の友達で収まるかな。今回も音楽部メンバーだったし」

「そうか。音楽部か……」


 卒業式の前々日――三送会の日に、俺は一つ頼み事をした。






『ああ。俺さ、阿久津に告白しようと思うんだ』

『さいですか』

『そ、そっか。櫻君、阿久津さんに告白するんだね』

『色々考えたんだけどな……それでこんなこと頼むのもなんだけど、二人にお願いがあるんだ。まあアキトの場合は、火水木への伝言って感じになるけどさ――――』






 もしかしたら映画を見に行ったメンバーの中には、彼女の姿もあったのかもしれない。

 夢野蕾ゆめのつぼみ

 天使のような微笑みを浮かべていた少女は、元気にしているだろうか。

 未だにショックを引きずっているかもしれない。

 はたまた、あっさりと気持ちを切り替えているのかもしれない。


「…………」


 気になりはするものの、夢野の近況を聞くのは野暮だろう。

 次に顔を合わせる時には、単なる高校時代の良き友人だ。

 ただ今はまだ、そっとしておくべきだと思う。

 彼女を支えられるのは、ずっと想い続けていた葵だけなのだから。






『夢野のこと、お願いしてもいいか?』

『う、うん! 任せて!』

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