三週間後(水) 桜も櫻も満開だった件

 季節は四月を迎え、本日の天気は晴天。絶好のお花見日和だ。

 今回のデートプランニングは俺が担当。近場で桜が見られる場所を探す一方で、お花見デートと言い出したものの花を見る他に何をすれば良いのか分からず悩まされた。


「この辺りにするか」

「そうだね」


 桜が咲き乱れている河川敷には、お昼過ぎに到着。綺麗にピンク色の花を咲かせた木々を眺めながらのんびりと河原を歩いていき、人の少ない静かな場所に着いたところで足を止めつつ尋ねる。

 こうして使うのは幼い頃に行った家族での山登りか、はたまた小学校の運動会以来になるかもしれない、年代物のレジャーシートを水無月と共に広げると荷物を置いた。


「よし、一丁やるか」

「バドミントンなんて久し振りだよ」


 ラケットとシャトルを取り出すと、不敵に笑う水無月に一本を手渡す。何をすべきか悩んだ末に俺が出した答えは、彼女の性格を考慮した軽い運動だった。

 バスケは無理でもバドミントンなら卓球同様に渡り合えるし、ボートを漕いで筋肉痛になるくらい鈍っていた身体を動かすスポーツとしては最適だろう。


「ほっ!」


 幾度となく叩かれたことで羽が若干ボロくなっているシャトルを左手に持ち、サーブするように下からラケット振って打ち上げると、水無月も華麗なスイングで打ち返す。

 当然ながらネットは無いため、勝負はせず単純なラリーのみ。たまに吹く風や空に輝く太陽に翻弄されながら、時にはスポーツが違うものの「波動球!」みたいな感じで無駄にアニメの必殺技を真似て打ったりもした。

 ラリーを何回まで続けられるかにチャレンジしたり、なんちゃって試合形式にしたりと、お互いに久し振りの運動だったこともあってか思っていた以上に盛り上がった気がする。


「そろそろ休憩するかい?」

「そうだな。お腹も空いてきたし、お待ちかねのお昼タイムといくか」


 今回のお花見デートにおける一番の楽しみ。

 それは他でもない、土下座する勢いで頼みこんだ水無月の手作り弁当だ。


「先に言っておくけれど、あまり期待はしないでほしいかな」


 躊躇いがちに呟く少女だが、なら誰もが憧れるシチュエーションであり期待するなというのが無理な話。ついに念願が叶う時がきたと思うと、ワクワクが止まらない。

 保冷バッグの中から出てきたのは、何の変哲もない至って普通の弁当箱が二つ。水無月がその蓋をゆっくりと開けると、その中身は彩り豊かだった。


 彼女の手で握られたと思わしき、小さめで可愛いおにぎり。

 一体どんな味付けなのか気になる、お弁当の定番でもある卵焼き。

 タコさん型ではないが、つまようじに刺さったウィンナー。

 きゅうりとハムの混じった、美味しそうなポテトサラダ。

 そして隙間を埋めるように入れられた、ミニトマトやブロッコリー。


「おおっ! 美味そう!」

「そう言ってもらえて何よりだよ」

「それじゃありがたく、いただきます!」


 感謝を込めて両手を重ねると、拝むように水無月へと頭を下げる。

 忘れることなく入れられていたフォークを手に取り、まずは卵焼きを一口。お味の方は言うまでもなく美味であり、ほんのりとした甘さが口の中に広がった。


「…………どうだい?」

「うん! んまいっ!」

「本当かい?」


 空腹は最高のスパイスだとか、桜が咲く青空の下というアクセントもあるかもしれないが、水無月の手料理とあればちゃんと味見もしてるだろうし不味い訳がない。

 昆布の入ったおにぎりや、マヨネーズと塩コショウで味付けされたポテトサラダの美味しさに、あ~んしてもらいたいなんて邪念が消えていたくらいである。


「ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした」


 食べ終えた後は改めて両手を重ねると感謝の一礼。料理は得意じゃないと言っていた割に、冷凍食品が一切入っていない最高の手作り弁当だった。

 櫻を眺めつつ先日あった入学式やクラス分け試験の話をして小休止した後は、次なる運動としてフリスビーを投げ合う。普通に投げるだけじゃなく弧を描く軌道で投げたり、上手い人がやるサイドスロー的な投げ方に挑戦したりもした。

 そうしているうちに、気付けば結構良い時間に。楽しい時間はあっという間というが、少々名残惜しさを感じつつもレジャーシートを片付けて来た道を戻り始める。


「そういや、水無月は大学に入っても変わらないのか?」

「どういう意味だい?」

「卒業旅行で会った女子の何人かが髪を染めてたし、アキトも脱オタするって言っててさ」

「ふむ。髪の毛に関しては、親から貰った今のまま染めるつもりはないかな」

「そうか。じゃあ話し方とかは?」

「話し方?」

「お前が自分のことをボクって言い出したの、元はと言えば俺のせいだろ?」


 さくらなんて女の子みたいな名前だと蔑まれ、実際に女々しい性格だった俺を守ってくれた幼馴染の少女は、男子に混ざるため髪をベリーショートに切り「私」とは言わなくなった。

 十年の時を経て容姿と年齢が変わった今では、その口調と一人称に疑問を持つ者も少なくない筈。仮に戻すとしたら大学デビューとなる今のタイミングがベストだろう。


「何を今更といった感じだね。少なくともボクは気にしていないし、大学でも今のままでいるつもりだったけれど、櫻は直してほしいのかい?」

「いや、そういう訳じゃないけど……本当にいいのかなって思って」

「確かにボクみたいな話し方をする女子は珍しいかもしれないけれど、これはボクがボクである証だからね。だからキミのせいではなく、キミのお陰といったところかな」

「!」


 夕焼け空に照らされた少女は優しく微笑みかけると、そっと俺の手を握り締めた。

 我ながら変なことを言ってしまったと反省しつつ、彼女の手を握り返す。


「あー、俺って本当に幸せ者だな」

「それはお互い様さ」


 風で揺れる枝を眺めながら、俺達は手を繋いで桜の咲く道をのんびりと歩いていく。

 やがて駅に着いたところで、ふと水無月が足を止めた。


「ん? どうしたんだ?」

「いや……その、少し小腹が空かないかい?」


 そう言うなり、少女は駅前のたこ焼き屋に視線を促す。

 個人的にはそこまで空いていないし、この数週間で出費がかさんでいたが、まあ食べたいならと財布を取り出しつつ列に並んだ。彼女ができるって金が掛かるんだな。


「ほむ! あぷい! へもふまひ!」

「ふむ。美味しいね」


 二人で割り勘して船に乗せられた八個入りの物を一つ買うと、食べる場所を求めて駅から少し離れた所にある広場へと移動。噴水を眺めつつベンチに腰を下ろす。

 初めて食べる有名チェーンのたこ焼きだったが、値段が高いだけあって外はカリカリ中はトロトロと病みつきになりそうな味だった。


「もう春休みが終わるのか」

「そうだね」

「何だか今年はあっという間だった気がするな」

「それだけ充実していたんじゃないかな」


 一人では知らなかったであろうことを、色々と教えてもらった。

 きっとこれから先も、どんどん新しい世界が広がっていくんだろう。


「いるかい?」

「ん、サンキュー」


 他愛ない話をしながらたこ焼きを食べ終えると、水無月から棒付き飴を貰う。

 すると丁度時間だったのか、噴水がライトアップされた後でパターンが変わりショーが始まった。


「おー」

「綺麗だね」


 音楽に合わせて色鮮やかに照らされた噴水を、棒付き飴を咥えつつ黙って鑑賞する。

 少ししてショーが終わると人も減り、空もすっかり暗くなっていた。


「さて、次のデートは何にするかな」

「ここ最近は少し遊び過ぎた気もするし、暫くはお休みでも良いんじゃないかい?」

「んー、じゃあまた家で勉強するってのはどうだ?」

「それだとキミが発情するじゃないか」

「いやいや。あれはお前の刺激的すぎる恰好が悪いだろ」

「やれやれ。キミが性犯罪者にならないか、時々心配になってくるよ。普段から今日みたいな楽しい櫻のままでいてくれれば、ボクもこうして安心できるんだけれどね」


 そう呟いた後で、飴を舐め終えた水無月がゆっくりともたれかかってくる。

 良い雰囲気だなと思いつつ、俺は少女の肩にそっと腕を回した。


「…………なあ、水無月」

「何だい?」

「その…………キスしてもいいか?」

「そういうのは許可を取るものじゃないと思うけれどね」

「いや……だってお前、勝手にやったら怒るじゃん」

「あれはキミが段取りも雰囲気も何一つ考えない行動をしていたからだよ」

「じゃあ、いいのか?」

「わざわざ答えないとわからないのかい?」

「…………」

「………………」


 そう答えた後で、ジッとこちらを見つめていた水無月が黙って目を瞑った。

 脈拍が速くなり、肩を抱いていた腕に力が入る。

 俺は彼女の整った顔に、ゆっくりと顔を近づけていった。






 お互いの唇が触れ合う、ファーストキス。

 初めて交わした水無月との口付けは、棒付き飴の甘い味がした。

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