一週間後(水) デートは三回目が重要だった件

 感動の卒業式を迎えてから、早いことで一週間が過ぎた。

 もうそんなに経ったのかと疑問に思いカレンダーを見直すが、勘違いでも何でもなく紛れもない事実。振り返ればつい昨日の出来事のような気がするのに、この一週間は充実した毎日を過ごしていたからか随分と短く感じた。


「…………」


 実は知らない間にタイムリープしていた……なんてことはなく、ちゃんと時間が過ぎている証拠に水無月とのデートも今回で三回目になる。

 一説によると三回目のデートは重要で、付き合っていないカップルが告白をしたり付き合っているカップルがキスをしたりするタイミングらしい。ただ俺達にも同じことが言えるかというと、今までのデートを考える限り妙な期待はしない方が良さそうだ。


「よう」

「やあ」


 三日振りに顔を合わせた彼女は、普段通りのボーイッシュな格好に元通り。ただその服は、先日ショッピングデートした際に買った物であると気付く。

 かくいう俺もおにゅーの服を着ており、お互いにお披露目する形となった。


「それ、買って正解だったな。凄く良いと思う」

「ありがとう。キミも似合っているよ」

「サンキュー。それじゃあ、行くとするか」

「ちゃんと学生証は持ったかい?」


 高校を卒業した俺達が学割を使えるのか気になるところだが、水無月サーチによれば三月いっぱいまでは高校生の料金でも問題ないらしい。

 安くなるのはありがたいが、俺としてはできるだけ早く新しい学生証が欲しかったりする。その理由は至って単純…………と、そういえばスポッチの時は喧嘩中だったから、コイツの反応だけは未だに見てなかったっけ。


「持ったぞ。ほら」

「ふむ。それ……な……らっ? やれやれ。話には聞いていたけれど……酷い写真だね」

「じゃん!」

「全く、キミの……そういうところは……っ……直してほし…………っ……」


 洗濯により色落ちしてセピア調になった俺の証明写真を見ても、水無月は笑いを堪える。しかし色移りしてモザイク状態な裏側を見せると、流石に耐え切れず撃沈した。

 その後は一昨日のバイト面接や昨日のスーツ購入の話をしながら、黒谷町から電車で五駅先にあるお馴染みのショッピングモールへ。ここに来るのも随分と久し振りな気がする。


「だいぶ早く着いたな」


 キャラメルポップコーンの良い匂いがする映画館のロビーに到着したのは、上映開始の一時間前。今日見る映画は最近話題になっているコメディ作品だ。

 この映画館にはカップルシートなんてものは存在しないため(あったとしても絶対に選ばないだろうけど)無難に中央列の通路側の席を二人で予約する。

 支払いの際に学生証を提示して、店員さんに笑われるのも恒例行事。ふと水曜日はレディースデーであることに気付くが、料金を見ると大学生より安く高校生よりは高いという絶妙な値段だった。


「さて、どうするか」

「適当に回ろうか」


 一旦映画館を後にすると、始まるまでの時間潰しにショッピングモールを歩いて回る。

 洋服や雑貨ショップは前回のデートで満喫したため、今日はそれ以外の店を中心に。最初は水無月の後に続いて書店に入ると、最近流行っている漫画や参考書を見ていった。


「おっ? これ、俺が使ってたやつだ。懐かしいな」

「センター試験が終わってから、何だかんだでもう二ヶ月経つからね」

「マジでか。二ヶ月とか、あっという間だな」


 受験時に使っていた倫理の参考書を見つけたり、これから先で使うことになるかもしれない様々な資格の本を眺めたりしつつ、特に何も買うことはないまま書店を後にする。

 まだまだ時間には余裕があり、次はどこに行こうかと当てもなく進んだところで、ゲームコーナーを見つけた俺は水無月を誘うと様々なプライズゲームを眺めていった。


「…………」

「………………ん? やるのか?」

「一回だけね」


 クレーンゲームの前で足を止めるなり、台をじーっと見つめていた水無月が財布を取り出し100円玉を投入する。中に入っている景品は、とある人気ゲームシリーズに登場する動物達のマスコットキーホルダーだ。

 距離と角度を念入りに確認した後で、まずはX軸を合わせていく。どうやら狙いは出口の穴付近にいる猫のキャラクターらしく、タイミングを計ってボタンを離した。

 そしてY軸を僅かに移動させると、アームが開きゆっくり下降していく…………が、掴む力が思っていた以上に弱く、猫は体勢を変えただけだ。


「難しいね」


 名残惜しそうに呟く水無月だが、一回だけという宣言通り追加投入はしない。

 そんな彼女を見ていた俺は、財布から硬貨一枚を取り出した。


「やるのかい?」

「ワンコインだけな」


 俺の得意分野はテレビゲーム。この手のプライズゲームで景品を手に入れた試しはないが、下手な鉄砲も数撃てば当たるかもしれないと自ら沼へ足を踏み入れる。

 100円なら1プレイだが500円なら6プレイというのが罠だと分かっていながらも、クレーンゲームという名の貯金箱に募金するつもりで500円玉を入れた。


「…………」


 グッズ回収のためにプライズゲームをマスターしているどこぞのムチムチした腐女子なら、この局面で落とす最適な方法を熟知しているに違いない。

 そんな必殺技なんて知らない俺の1プレイ目。慎重に狙いを定めボタンを離す…………が、失敗。猫はアームからするりと抜けてしまった。

 続いて2プレイ目は下りていったアームが猫を掴み、そのまま上昇していく。これはいけるかもしれないと期待した瞬間、無情にもぽろりと落下した。

 そして3プレイ目もアームは猫を掴む…………が、頭の中のイメージとは全然違う物凄く不安定な掴み方になり、今にも落ちてしまいそうな姿を見て早々に諦めた。


「………………?」


 次は折り返しとなる4プレイ目…………の筈だったが、驚いたことに猫は絶妙なバランスを維持したままアームが上昇し終わっても落下しない。

 絶望から一転して希望が生まれると、今にも落ちてしまいそうな持ち方にハラハラしながら、祈るように両手を重ねている水無月と共に出口へ運ばれていく様子を見守る。


「いけっ! いけっ! いったか? これはいっただろっ?」


 最後の最後までギリギリ耐え切った猫は、取り出し口から姿を現す。

 喜びのあまり思わずガッツポーズ。いつになく嬉しそうな表情を浮かべていた水無月が両手を上げたため「イエーイ」と声を重ねてハイタッチを交わした。


「ありがとう。流石だね」

「ぶっちゃけ、まぐれだったけどな」


 まさか本当に取れるとは思わず、自分自身が一番驚いていたりする。

 初めての景品ゲットで充分に満足したため、残った3プレイは水無月に譲ることに。狼のキャラを狙って再チャレンジする少女だが、残念ながら収穫はないままだった。


「すまなかったね。この埋め合わせは近いうちにするよ」

「別にいいっての。それより、そろそろ戻るか?」

「そうだね」


 他のプライズゲームも見て回ったが、これといって目ぼしい物はなし。気付けば時間も程良くなっていたため、ゲームセンターを後にして映画館へと向かった。

 上映時間が近づいたこともあり、ロビーには先程よりも人が多くなっている。特に売店の前に至っては、物凄く長い行列ができていた。


「買う時間は……なさそうか」

「食べたかったのかい?」

「ちょっとだけな。でもここは節約しとくわ」


 予告編で食べる分には問題ないが、本編が始まった後だと小心者の俺には少し食べ辛い。

 売店の脇にあるゲートをくぐり、シアターへと移動。薄暗い中で座席のアルファベットを確認しつつ階段を上がり、半券に書かれていたL列に到着すると二人並んで腰を下ろした。


「少し冷えているね」

「だな」

「一応、持ってきておいて正解だったかな」

「ん?」


 まるで見越していたかの如く、水無月は鞄から膝掛けを取り出す。

 映画館によってはブランケットの貸し出しもしているものの、自分で準備しておくに越したことはない…………が、まさか持ってきているとは思わなかった。

 水無月は膝掛けを太腿の上には乗せず、上半身を覆うように広げる。そして端を持ちつつ俺の方に腕を伸ばすと、自分だけではなく二人を包むように掛けた。


「ふむ。長さも丁度良かったね」

「サンキュー」


 インフォメーションや避難経路の案内、鑑賞中のマナーの映像が延々とループする中、少ししてシアター内の照明が暗くなっていくと話し声も消えて静かになる。

 そして姉貴が無駄に得意だったりする盗撮防止の謎ダンスな映像が流れると、大きな音と共に映画の予告編が始まった。


「……………………」


 一つの予告が終わるなり、また別の映画の予告が始まる。

 そんな繰り返しが何度も続き、一体いつになったら本編が始まるのかと思いつつボーっと眺めていたところで、椅子の肘掛けに乗せていた手が柔らかい感触に包まれた。


「っ?」


 隣を見れば、手を重ねてきた水無月が不敵な笑みを浮かべている。

 そして俺にも聞こえるように軽く身を乗り出すと、耳元で小さく囁いた。


「ポップコーンは買わなくて正解だったかもしれないね」


 耳にかかる吐息にドキッとさせられる。

 いつになく可愛い笑顔を向けた少女はクレーンゲームの如く俺の手を持ち上げると、掌を返すように仕向ける動きをした。


「!」


 そしてそのまま俺の指の間に、自分の指を絡ませるようにして手を握り締める。

 俗に言う、恋人繋ぎだった。


「……」

「…………」

『Coming Soon』

「「!」」


 お互いに見つめ合っていたところで予告が終わり、映画本編が始まってしまう。

 膝掛けで隠すように手を繋いだまま、俺の心臓は喜びで高鳴り続けるのだった。

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