四日後(日) 俺の彼女の絶対領域だった件

『ピンポーン・ピンポーン』


 時刻は午後一時。昼御飯を食べ終えた俺は家を出るなり、はす向かいにある阿久津家のインターホンを押す。まるで小学生の頃を彷彿とさせるルーティンだ。

 幼い頃に友達の家で遊ぶ場合、誰の家で遊ぶかはゲーム機等の理由で固定されがち。阿久津家は割とレアな部類で、俺も遊びに来たことは片手で数える程度しかない。


「やあ」

「よ……っ?」


 ガチャっと鍵を開ける音と共にドアが開く…………が、迎えてくれた水無月の姿に思わず目を丸くする。

 彼女が履いていたのは、制服以外では小学生以来となるミニスカート。それに加えて初めて見るニーハイソックスと、言ってしまえば絶対領域を主張するような恰好だった。


「どうぞ」

「お、お邪魔します」


 背を向けた水無月が俺のためにスリッパを用意するまで、あまりの衝撃で目が離せず。声を掛けられ我に返るなり慌てて視線を戻すと、平静を装いつつ阿久津家の中に入る。

 スリッパを履いて数歩進むと、何とも言えない独特に匂い。こうして遊びに来るのは小学生以来であり、玄関には微かに見覚えのある額や花瓶が置いてあった。


「はーい。いらっしゃーい」


 水無月の母親の声がリビングから聞こえる中、階段を上がって二階へ向かう。少し屈んで下から覗けば秘宝パンツが拝めそうだが、流石にそんなバレバレの愚行はしない…………しないが、転んだ振りならいけるんじゃないかと思ったのは内緒だ。


「おお……」


 そしてついに、禁断の領域へと足を踏み入れる。

 カーペットが敷かれている部屋には勉強机に本棚、それと今回のために用意されたと思わしきテーブルがあるのみ。本棚の中は参考書と、漫画が少々といった感じだ。

 ぬいぐるみ等の女の子らしいアイテムは見当たらず、水無月は布団派であるためベッドもない。全体的な印象としては実にシンプルで、こざっぱりとした空間だった。


「適当に座ってもらって構わないよ」

「ああ」


 言われるがままクッションの上に腰を下ろすが、部屋に対する興味が一瞬で終わると水無月の太腿が目に焼き付いて離れず、視線は無意識のうちに釘付けになってしまう。


「…………少し見過ぎじゃないかい?」


 俺の視線に気付いた水無月が、スカートの裾をギュッと掴む。そんなことをしても丈は伸びないし、寧ろ恥ずかしがる姿が一層興奮を引き立てたのは言うまでもない。

 見過ぎだと言われても、そんな魅力溢れる絶対領域を見ないなんてことは到底無理な話。日差しが差し込んでいるこの部屋は暖かいため薄着になるのもわかるが、いくらなんでもその恰好は反則である。


「あ、いや……それが前に言ってた、友達に奨められて買ったスカートなのかなって」

「その通りだよ。試しに履いてみたけれど、外ではとても着られそうにないね」

「うん。俺と二人きりの時以外は駄目だ」

「そんな限定的な使い方をするなら、素直に古着として売ろうと思うよ」

「いやいやいやいや。きっと店員さんに「うーん……悪いがそいつは引き取れないな。売ったりしないで大事にしておいた方が良いんじゃないのか?」って言われるぞ?」

「使い終わったイベントアイテムは、道具欄を圧迫するだけじゃないか。まあ確かに片手で数える程度しか着ていないから、少し勿体ない気もするけれどね」

「うんうん。せっかく友達が選んでくれたんだしな」

「そうだ。ボクのお古で良ければだけれど、梅君に欲しいか聞いてみてくれるかい?」

「それを捨てるなんてとんでもない!」


 猫に小判、豚に真珠、梅に絶対領域。あんな奴にこんなレアアイテムを渡してたまるか。

 ミニスカとニーハイソックスにいまいち乗り気じゃない水無月が向かいに座る中、 ふと少女の爪が異様に光っていることに気付いた。


「それ、マニキュアか?」

「少し挑戦してみようと思ってね。塗り方を教えてもらったんだけれど、利き手に塗るのが思っていた以上に難しかったよ」

「へー。何か意外だな」

「そうかい?」


 大学デビューに向けて少しずつ変わり始めている彼女の話を聞きつつ、テーブルによって絶対領域が視界に映らなくなったところで英語の勉強を始める。

 今回行われるクラス分けテストは、スコアが高ければ就職にも使える検定試験。調べたところ満点である990点中、600点以上を取れば評価対象になるらしい。

 ちなみにそれがどれくらいの難易度かと言えば、センター英語で七、八割を取るレベル。当然ながら俺はまだまだであり、姉貴から譲り受けた公式問題集を解いた結果は400点にすら届かなかった。


「…………」


 勉強中は今までと変わらず、会話することは一切なし。マナーモードにしていた俺のスマホが何度か震えたものの、誰からの通知か確認するだけに留めておく。

 そんな調子で順調に進むかと思いきや、三十分を過ぎた辺りで集中力切れ。いつぞや画策したことのある『うっかり消しゴムを落とす振りをしてスカートを覗こう大作戦』が脳裏に蘇ると、絶対領域が気になって仕方なくなってしまった。


「少し休憩するかい?」

「賛成っ!」


 言うが早いか大きく身体を伸ばした俺は、スマホを手に取りリラックスモードへ。受験全盛期は毎日十時間近く勉強していたというのが、まるで嘘みたいな話である。

 とりあえず放置していたメッセージを確認していると、頬杖をついてジーっと俺を眺めていた水無月がやれやれと溜息を吐いた。


「まだ始めてから一時間だけれど、もう疲れたのかい?」

「受験の時は冗談抜きで、この十倍は頑張ってたんだけどな」

「流石に十倍とまでは言わないけれど、春休み中は毎日二、三時間くらいやったらどうだい? せっかく身に付いた学習習慣が無くならないうちに定着させておくべきだよ」

「うへ~い」


 耳が痛くなる話ではあるが、せっかく一緒に入った月見野で留年なんてことがあっては洒落にならない。いっそ水無月が俺の家庭教師になってくれないだろうか。


「そういや水無月は卒業旅行とか行くのか?」


 クラスメイトからの連絡に返信を終えた後で、ふと疑問に思い尋ねてみる。

 すると頬杖をついていた水無月は顔を上げ、今日は縛っていない長髪を弄りつつ答えた。


「そういった話は特に聞いていないかな。仮に行くとしても仲良しグループ程度で、キミのクラスみたいに全員でどこかへ行くということはないと思うよ」

「まあ流石に全員じゃないけど、やっぱ大人数でってのは珍しいんだな」

「それだけクラスの仲が良かった証拠だろうね。月末に行くのは聞いているけれど、具体的にはどこで何をするんだい?」

「ちょっと待ってな。色々とまとめられたのがあるから」

「どれどれ」


 俺がスマホを操作していると、水無月が覗き込むように隣へとやってくる。

 既にグループメッセージには有志による最終案が送られてきており、画像やリンク付きの宿泊先や立ち寄る場所を見せていった。


「思っていた以上にしっかりとした計画だね」

「だろ? で、二日目が――――」


 小さな画面を二人で見ていると、自然と肩が触れ合う。

 二の腕の柔らかさを感じつつ説明をしていると、不意に水無月が小さく笑った。


「ん? 何だよ?」

「いいや、スマホを使っているキミが何だか面白くてね」

「え? 何か使い方とか変だったか?」

「別にそういう意味じゃないよ。強いて言えば、また釉薬に落とさないか不安なくらいさ」

「あの時は本当に大変だったからな。そういや、大学でも窯の番で泊まりとかあるのか?」

「そればかりは入ってみないとわからないかな」


 卒業旅行も大学生活も、そして水無月との毎日も楽しみでワクワクしてくる。

 話が一段落ついたところで、隣に座っていた少女が時計を確認した。


「さて、そろそろ再開しようか」

「え~? もうちょっと休もうぜ?」


 元の位置に戻ろうとした水無月の腕を捕獲すると、自分の元へと引き戻す。バランスを崩した少女がもたれかかる形になり、ふんわりとシャンプーの良い匂いがした。


「長すぎる休憩は、やる気をなくす原因になるよ」

「まあまあ、そう固いこと言わずに」


 呆れた様子を見せつつも、水無月は座り直すだけで逃げようとしない。

 休憩延長が認められた俺は、じゃれるように彼女の頬をツンツンと突っついた。


「ん?」


 プニプニとして弾力のあるほっぺだが、指先に違和感が残る。

 どことなく粉っぽい肌触りに、もしやと思い尋ねてみた。


「ひょっとして、化粧してるのか?」

「大人になったら必要になるからね。一昨日の買い物の時もしていたよ」

「へー。全然気付かなかったな………………あっ! 待ち合わせの時におかしいところがないか聞いてたのって、そういう意味だったのか?」

「スッキリしたなら、そろそろ再開しないかい?」

「ばたんきゅ~」


 まだまだ休憩が必要だとアピールするように、水無月の太腿の上に倒れ込む。

 そんな俺を見た少女はやれやれと溜息を吐いた後で、丁寧に頭を撫で始めた。


「うに~」


 眩しく輝いていた絶対領域に頬を擦りつけながら、甘えモード全開になる。

 人肌の温もりと柔らかい感触。そして撫でられる頭と最高の至福だった。


「ああ、ミナヅキウムとアクチウムが補給されていく」

「そんな化学物質は存在しないけれど、世界史で似たような名前の海戦があったね」

「はえ~」


 脳がとろけて梅みたいな返事をする。

 こうしてると耳掃除をしてもらいたくなるが、前にそんな夢を見たことがあったっけ。


「少しはやる気を補給できたかい?」

「汝、右の頬に補給したならば、左の頬にも補給すべし」


 そう言った後でゴロンと反対向きになり、頭の位置をニーハイソックスの上にずらす。

 再び水無月の手が頭に添えられる中、俺も右手をそっと少女の太腿に乗せた。

 そして連動させるように、視界に広がる艶やかな肌を撫でていく。


「…………」


 膝枕をしてくれている少女は黙ったまま、何の反応も示さない。

 感触を味わうように何度も往復させていた手を、太腿の内側の方へ移動させていった。


「!」


 すると水無月は抵抗するように膝を閉じる。

 指先が太腿に挟まれたものの、その包み込まれる感覚が逆に俺を興奮させた。


「どさくさに紛れて、どこを触っているんだい?」

「駄目?」

「駄目に決まっているだろう」


 水無月の手が頭から離れると、俺の手を払うようにパチンと叩く。

 それでも決して諦めることはなく、甘えるように彼女の名を呼んだ。


「み~な~」


 閉じられた肢体に指先を出し入れして、極上の感触を味わい続ける。

 まるで胸の谷間に指を入れているような気分で、見ている光景も物凄くエッチだった。

 興奮が止まらない俺は、太腿から指を抜く。

 そして手をチョキの形にすると、ミニスカートの端を摘んだ。


「じゃあ、こっちは?」

「ボクを本気で怒らせたいのなら、好きにすればいいさ」

「…………」


 その声のトーンを聞いて、チラリと視線を上げる。

 視界に映ったのは呆れを通り越し、既に怒っているようにしか見えない表情。ゴミでも見るかの如く、冷酷な目でこちらを睨んでいる水無月だった。


「おっしゃあ! 勉強するぞっ!」


 俺は勢い良く身体を起こすと、慌ててペンを取り問題を解き始める。

 結局この後は一度たりともイチャイチャしないまま、以前と何一つ変わりない勉強地獄に。当然ながら水無月から甘えてくることなんて一切ないのだった。

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