三日後(土) 俺の願望がイチャイチャだった件
「はい…………はい。宜しくお願いします」
家の固定電話の受話器を置いてから、緊張が解けた俺は大きく息を吐き出す。
求人広告に載っていた番号を押すまでは心の準備に随分と時間が掛かったものの、いざ電話してみると思っていた以上にあっさり終了。案ずるより産むが易しだった。
一応バイト経験があるとはいえ、こうして申し込みをするのは初めてのこと。上手く口が回らなかったが、最低限の礼儀はできていたと思う。
問題があったとすれば最初に名乗っていた苗字が珍しく、テンパっていたせいで聞き取れなかった件。まあ直接会った時に確認すればいいし、多分大丈夫だろう。
「お疲れ様~。どうだった?」
「ああ。とりあえず明後日に面接だって」
面接では適性検査に加えて数学と英語の採用試験も行うそうだが、内容は中学レベルと言っていたので問題なし。寧ろ電話を掛ける方がハードルは高かった気がする。
「そっかそっか。頑張ってね~ん☆」
珍しく難しい顔をしながら、表紙に大きくCBTと書かれた参考書を読んでいた姉貴が手を振ってくる。何でも数ヵ月後には大事な試験があるらしい。
そんな姉貴を横目に一仕事終えた俺は、軽い足取りで階段を上がると自分の部屋でスマホ三昧。衝撃もとい笑劇だった外で使えないという大問題も、昨日のショッピングから帰宅した後で無事に解決済みだ。
「…………」
念願だった水無月との初デートは、そこそこ上手くいった方だと思う。
異性と一緒に洋服を買うなんて初めての経験で楽しかったし、大学で着る服も用意できた。水無月も満更でもない様子だったし、季節の変わり目にまた行くのもありだろう。
お昼は滅多に行かないカフェでのんびりと休憩。洋服代と合わせて費用面は結構な負担だったものの、それに見合うだけの時間は過ごせたと思う。
「キミのことだから、サイズはMとボケてくれないか期待したんだけれどね」
「甘いな。Sもスモールじゃなくてショートだってことは学習済みだ。でも何でS・M・Lの三種類じゃないんだろうな? グランデとかベンティって英語か?」
「そういう時こそスマホで調べ…………そうか。キミのはトランシーバーだったね」
「トランシーバー言うな」
「ふむ。その二つはイタリア語みたいかな。経営責任者の人が影響を受けたイタリア流に敬意を示して、サイズ名に取り入れたそうだよ」
「へー。グラッチェ!」
「ちなみにこれが最も長い名前の注文らしいけれど、噛まずに頼めるかい?」
「ん? おし、いくぞ…………ベンティアドショット・ヘーゼルナッツ・バニラ・アーモンド・キャラメル・エキストラホイップ・キャラメルソース・モカソース・ランバチップ・チョコレートクリーム・フラペチーノ! どうだっ?」
「よく言えたね…………と、すまない。それ以上に長い注文があったみたいだ」
『トゥー・ゴー・パーソナル・リストレットベンティ・ツーパーセント・アド・エクストラ・ソイ・エクストラチョコレート・エクストラホワイトモカ・エクストラバニラ・エクストラキャラメル・エクストラヘーゼルナッツ・エクストラクラシック・エクストラチャイ・エクストラチョコレートソース・エクストラキャラメルソース・エクストラパウダー・エクストラチョコレートチップ・エクストラロースト・エクストラアイス・エクストラホイップ・エクストラトッピング・ダークモカチップ・クリームフラペチーノ』
「いや長過ぎだろっ!」
休憩後は新しい鞄を買い、余った時間で他の店も回った。
時間が過ぎるのがあっという間に感じるほど、充実した一日だったと思う。
その一方で、俺の中では浮き彫りになった問題が一つあった。
(…………あれってデートだったんだよな?)
確かに楽しかったものの、これといって恋人らしい特別なことは一切していない。
水無月が腕に絡みついてくるなんてのは絶対にないだろうが、手を繋ぐくらいはあっても良かった気がする。まあ自分から行動しなかった俺も悪いんだけどさ。
流石のアイツも付き合ったら少しくらいはデレると思い、前日の夜はキスとかハグとか心ときめくドキドキを色々妄想していただけに肩透かし感は否めない。
「………………」
まあ付き合ったからこそ二人でショッピングに行ったという考え方もできるが、幼馴染として過ごした期間があまりに長いため、今までとは異なる大きな進展が欲しかった。
もっと恋人らしく、イチャイチャしたい。
しかしながら昨日一緒に出掛けたばかりで、またすぐデートに誘うのもどうかという話。最近流行りの『お前らもう付き合っちゃえよ』と言いたくなる漫画を読みながら、何か良いアイデアはないかボーっと考える。
「!」
そして閃いた。
気軽に水無月を誘うことができ、更に自分のためにもなる一石二鳥の方法がある。
そうと決まれば思い立ったが吉日。俺は幼馴染の少女にメッセージを送った。
『明日、一緒に英語の勉強しないか?』
一昨日に昨日、そして今日と、スマホを手に入れてからはサボり気味。そして教育学部だけではなく、獣医学部も四月の頭にはクラス分け試験がある。
これならアイツも乗ってくるだろうし、俺のやる気スイッチもONになること間違いなし。何よりも俺の部屋という密閉空間なら、思う存分イチャイチャできる筈だ。
本来ならハードルが高い家デートを、こうも簡単に提案できるのは幼馴染の特権。明日なら梅と姉貴は出掛けると言ってたから、邪魔されることもないだろう。
『疲れたね。少し休憩しようか』
『そうだな』
『そっちに行ってもいいかい』
『ああ』
『…………』
『………………』
『……………………櫻』
『何だ?』
『大好きだよ……』
「イエスっ!」
これだよ。こういう展開だよ。
膨らむ妄想にテンションが上がり、スマホを持ったままベッドにダイブする。
仮にこうした雰囲気にならなくても、梅講習の時みたいに膝枕をしてもらうなんて流れでも充分ありだし、部屋デートこそイチャイチャには打ってつけだ。
激しくゴロゴロ転がりながら返事を待っていると、俺の発言に既読マークが付く。
今か今かと待っていると、少しして水無月の発言が表示された。
『構わないよ。それなら今回はボクの家でどうだい?』
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