五日後(月) バイトの面接が社会勉強だった件
両親は仕事で梅は学校。姉貴もどこかへ出掛けたらしく、家には誰もいない月曜日。適当に冷凍食品で昼御飯を済ませた俺は、身支度を整えてから時計を確認する。
今日はバイト面接の日であり、指定された午後二時までは三十分少々。自転車で五分も掛からずに着くため充分に余裕があるものの、こういう中途半端な時間が一番困る。
念のため地図で場所を再確認したものの、結局十分ほど経ったところで早目に家を出発。道に迷うこともないまま、十五分前には目的地である個別指導塾に到着した。
ちなみにどうして個別指導を選んだのかと言えば、この近辺の塾において一番給料が高かったからに他ならない。勿論面接で志望動機を聞かれた場合は、先生を目指す上で生徒とのコミュニケーション力を鍛えたいとかそれっぽい建前を用意済みだ。
「…………」
自転車をどこに止めるか悩みつつも、多分大丈夫だろうと駐輪場に置いておく。
流石に早すぎたと思い時間潰しがてら周囲を探索してみたが、これと言って目に留まるものはないまま、心の準備もできたところで校舎の中へと足を踏み入れた。
「こんにちは。えっと……アルバイトの面接に来た米倉ですけど…………」
生徒のいない静かな教室には、眼鏡を掛けたふくよかな男性講師が一人。恐らくは電話で話した相手と思われる先生は、立ち上がるなり丁寧に会釈する。
「はい、こんにちは。お待ちしてました。どうぞどうぞ」
俺は用意されていたスリッパに履き替えてから、案内された席に腰を下ろすと履歴書を用意。書くのは初めてだったが字は上手いに越したことはないと溜息を漏らしつつ、最後の最後で間違えたため二枚目を作るのが物凄く面倒だった。
そして改めて感じたのは、自分の趣味や特技は何かと問われると案外思いつかないもの。悩みに悩んだ末、趣味は音楽鑑賞で特技は陶芸としておいた。
「お待たせしました。よいしょっと」
ファイルを持ってきた先生は俺の向かいに座った後で、室長と書かれている名刺を出しつつ簡単に自己紹介をする。今度はちゃんと名前も聞き取れた。
その後で面接という名の質問攻めが始まる訳だが、室長の話し方はやんわりしており、最初は固くなっていたものの答えていくうちに少しずつ緊張も解れていく。
「教育学部ってことは、将来は先生になる感じ?」
「はい。一応、中学校の数学の先生を目指してます」
「そっかそっかー。それじゃあ教える教科も数学? あ、でも月見野大学なら国立だから、五教科なんでもいけちゃうのかな?」
「いえ、そんなことないです。できれば理数で」
「数学は高校生も大丈夫?」
「はい! 数Ⅲまで教えられます!」
「おおー。心強いね」
勤務希望な曜日といった質問にも答え終わった後で、事前に言われていた通り試験問題が渡される。まずは数学だが内容は本当に中学レベルで、手応え的には満点だった。
その後で解いた英語に関しても、受験で鍛えた今では余裕。気分はさしずめ俺TUEEEといった感じで、どうして中学時代に解けなかったんだろうと疑問にすら感じる問題をバッサバッサと薙ぎ倒した。
そして最後は無数の質問に『はい』か『いいえ』で解答していく適性検査。悩んだり自分を取り繕うこともなく、素直にパッと思いついたまま印を付けていく。
「終わりました」
「うん、ありがとう。少し待っててもらってもいいかな?」
「あ、はい」
書き終えた検査の紙を提出し、待っている間に教室の中をざっと見回す。
入口には今年の春に合格した生徒と、受かった高校が掲示されている。その中には屋代学園合格者も数名いたが、個人情報保護のためか名前はイニシャル表記だった。
立地と学区の関係から、在籍している生徒は俺や水無月の母校である黒谷南中が多い様子。もう一人の幼馴染が通っていた黒谷中の生徒もそこそこいるようだ。
少ししてから再び室長と向かい合って座ると、最後に一つ質問をされた。
「米倉さんは塾講師において最も大切なことって何だと思う?」
「えっと…………やっぱり信頼関係だと思います。生徒からの信頼がないと、授業にも興味を持ってもらえないですし、まずは好かれることが大事なのかと」
「そうだね。確かにそれも大事だけど、一番は生徒の成績を上げることかな。塾もお金を貰う商売だから、結果を出さないと駄目でしょ? 成績が上がれば米倉さんの言うように、生徒だけじゃなくて保護者からの信頼も得られるからね」
「はい」
「うん。テストの点数も良いし、米倉さんの熱意は充分に伝わったから採用で!」
「本当ですかっ? ありがとうございます!」
てっきり後で連絡が来るのかと思いきや、その場での言い渡しに驚きつつ喜ぶ。
いきなり実戦という訳ではなく、何度か研修や模擬授業をやってからとのこと。次に来る日程を調整した後で、俺は深々と頭を下げつつ挨拶をする。
「わかりました! これから宜しくお願い致します!」
初めてのバイト面接だったが、上手くいったようで何よりだ。
そんな気分爽快だった俺に対して、室長は苦笑いを浮かべつつ最後にこう言い残した。
「ただ一つだけお願いなんだけど、次回からはスーツで来てくれる?」
…………こうして俺はまた新たに一つ、社会の常識を勉強するのだった。
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