第5話 ショタコンについての新しい認識 後編

「なんだよ・・・人がせっかくブツ吸って気持ちよくなってたところによぉ」


「お前は女を二人両側に侍らせて、舎弟をいいようにこき使って、最後には主人公にヤラレるか舎弟に裏切られちまう若頭の弟分か」


「今のでそこまでツッコミを入れられるとはな、さすがだ。・・・フ、今度はもうちいと難しいのを出さんといかんな。で、要件は?」


 田中は天思の事情を、自分に見立てて話した。塾に行っていない田中は、架毎朝同じ電車で偶然話すようになった女子の設定を作る羽目になり、虚しくなった。 


「フ・・・そういうことか。ならばラブレターマイスターであるこのわいに任せるがいい!では田中よ、これを受け取った子は最終的にはどうする?」


「そりゃぁ・・・シュレッダーにするか、ヤギのえさにするか・・・」


「うんうん、尻拭きにも使われるかもしれんな・・・ってそれはわいのことや!」


「なんで関西弁・・・」


「いいか、そういうことが言いたいんじゃない。もちろん、受けとった相手は、最後に返事を返すにきまっているだろう?だが、相手もどんな風に返事したらいいのか悩んだり、冗談と捉えてしまっていたり…または受験や大事な仕事などで多忙な時期だったりすると、忘れたりするかもしれん。だったら、きちんと、どう返事を返してほしいか、また、それはいつごろまでかをきちんと書いておいた方がいいってことだ」


「ふーん、なるほどねぇ。けっこうまともなアドバイスくれるんだな」


 田中は天思の方を見た。天思もなるほど、といった感じで自分のラブレターを真摯に読み返している。


「しかし、しかしだ。告白で最も重要なのはそんなことじゃない!言ってみれば、ここまでは小手先のテクニックに過ぎん!ショタでいえばそれが褐色かどうかの違いで、人によっては好みが別れてしまうようなもの。分かるか、告白で最も重要で欠かせないこと。そう、それは、「勇気」だ!ショタでいえば「小さい男の子で、純真無垢であり、愛らしく、お姉さんがいいこと教えてあげると言わせんばかりの、清き故の壊してしまいたいという衝動」これがなければショタは成り立たないんだ!それと同様に、告白も、伝える「勇気」がなければ成り立たない!田中、お前はきちんと渡すことができるのか!?「○○ちゃんにさ、俺が好きって伝えといてくんない?」とか、「直接渡すの恥ずかしいから、○○ちゃんにこれ、渡しといて」とか言うやつらは、告白する以前の問題だ!そんなやつらは想い人を好きになっていい土俵に立っておらん!・・・しかし、しかしだ、田中 真希男よ。お前はもうそこはクリアしている。なぜって?お前には告白を恐れる理由はないからさ。フられたらどうしよう?、気まずくならないかな、嫌われるかも・・・。フ、フフフフ・・・、笑わせるな。もし告白が失敗してもなぁ、お前はそれを小説として書けばいいんだよ!この世にフられたことのある奴なんて星の数ほどいる。皆人知れず涙を流したことだろう。そんなやつらが共感とカタルシスをお前の小説に求めないはずがない。そうだろ?」


 告白して成功したらハッピー、失敗したとしても小説のネタにできてハッピー。この新たな理論は田中の心を揺さぶった。


「あぁ、そうだな。木元、いや、大次郎!」


 田中は途中から天思の代わりであることを忘れ、木元の熱弁に自分のことのように感動し、涙を流していた。天思はあきれたようにその姿を眺めていた。


「早くお前に会いたいよ!だけどなぜだか部室の鍵が閉まっててな・・・。出られないんだ」


「お、そうだった。すまなかったな。天思、鍵を・・・」


 田中はまずい、と思った。


「おい、お前まさか今天思ちゃんといるのか?」


「え?いや、聞き間違いだよ・・・。そうだ、今精子って言ったんだよ」


「んなわけあるか!天思ちゃんを独り占めしやがって。早く開けろ!そうしないとお前とは絶交だ!」


「あーわかったよ。だって、天思」


 田中の涙は一瞬で乾ききった。


「なに?天思だと!?貴様、天思ちゃんを下の名前で、呼び捨てにするなど言語道断!今から叩きのめしてくれる!」


 芽生えた男同士の友情はあっけないく散ってしまった。田中は、天思になんとかしてくれとスマホを手渡す。


「あの、先輩になんかしたらもうリュックサック吸わせてあげませんからね」


「天思ちゃんそれはひどいよ~。しょうがない、田中はコチョコチョの刑に処するとしよう」


 そんなこんなで二人は部室に戻った。しかし、部室の前にいたのは・・・


「二人とも、これはどういうことかなぁ?」


 佐伯先輩が引きつった笑みを浮かべて立っていた。薄暗い廊下でも、顔面のシワはくっきりと表れ、先輩の放つ底知れぬ怒りを如実に物語っていた。ドアに埋め込まれているガラスからは、木元が顔をガラスにこすりつけ、血走った目で天思を凝視していた。二人がこのあと佐伯先輩にきっつい説教を受けたのは言うまでもない。






☆★☆






 そして、2日後。田中と木元の二人は、部室の畳の上で寝転がって、69(sixty nine)の形になり、抱き合っていた。激しく交わり、求め合うその姿はさながら、宇宙の根源、陰と陽を表す2つの勾玉。欠けている部分を補うように、二人は奇声を発しながら森羅万象に着実に近づいていた。


 その二人を見下すのは、憔悴し、寝不足で目の下に大きな隈ができてしまった天思。ただのホモプレイにしか見えないその様子を見て、この世の終わりだと悟った天思は、涙を浮かべる。


「二人とも、そんな関係だったんですね!田中先輩、見損ないました!」


 天思は思わず駆け出した。


「ん?天思?」


 天思の声で冷静になった田中は、股間を木元の顔面に押し付け、自分は木元の足で首を押さえられているという自分の状況に、寒気が走った。


「待て!違うんだ!これは・・・」


「先輩のバカ~!」






☆★☆






「柔道の寝技ぁ?」


 天思が椅子に座り、疑うように言った。田中と木元は、反省して正座していた。


「だから、誤解なんだって。俺らは断じてそういう関係ではない!」


「そうだよ!・・・てか天思ちゃんさ、なんでわいのこと見捨てなかったのよ!田中は違うくて、わいはゲイだって言うの!?そこ重要よ!」


 木元が唾を飛ばしまくりながら叫ぶ。ガン無視を決め込み、溜め息をつく天思。それを見た田中は、そういえば、と思い出したように言った。


「天思、コクったのどうなったん・・・」


「バカ!」


 天思が止めようとしたが、もう遅い。木元は、ズレてもない縁なし眼鏡をゆっくりと上げた。木元の眼鏡は、今世紀最大に光を反射していた。


「どういうことかな、田中!」


「いや・・・それはその・・・」


 誤魔化すのは無理だと悟った天思は、事情を説明した。その間、木元の表情は変わることはなかった。


「なるほど、そういうことか。で、天思ちゃん。どうだったんだ?」


「・・・降られました。」


「そうか・・・」


 木元最愛のショタであるはずの天思に、好きな人ができたのだ。嫉妬でもしそうなものだが、木元は全く動じない。しかも、天思はフられたのだ。木元ならばフった相手を3度は殺しそうである。しかし、木元にはそんな様子は全く無い。立ち上がると、田中には木元が、殺気立った阿修羅というより、むしろ慈愛と包容と気高き心を併せ持った、菩薩のように見えた。何人をも救おうとするその深い懐に、改めてフられたことを実感した天思は、泣きじゃくりながら、吸い寄せられるように体を預けた。


「木元・・・お前、怒らなくていいのかよ!大事なお前の天思が、他のやつに取られるかもしれないんだぞ!」


 田中は立ち上がって言った。


「田中よ、何を言っているのだ。俺はそんな野蛮なやつじゃない」


「でも、でも・・・お前はショタコンじゃないか!そんなんでいいのかよ!」


「フ・・・田中、お前はショタコンを勘違いしているようだな。ショタコンとは、ありふれた性欲にまみれ、発散する場所を幼い男の子にしか求めることができない猿でもなく、清らかな心を汚して楽しむような邪心を持った、腐った輩でもない。


「そ、それじゃぁショタコンって!」


「・・・そう、ショタコンとは言わば、「母」なる存在。愛する我が子を見守り、その成長の中でどんな困難があろうとも、決して投げ出したりはしない。酷い言葉を浴びせられようとも、裏切られて傷つけられようとも、それでも最後には暖かい抱擁をもって許す。たとえ自分の下から離れていこうとも、束縛などせず、ただただその成長を喜ぶ。それこそが・・・・・ショタコン!」


「木元・・・お前はショタコンだよ!れっきとしたショタコン、・・・・・いや、ショタ神様だ!」


 田中は涙ぐんでいた。木元のショタに対する愛情。それは、田中が想像していたよりもずっと深いものだった。偏見や先入観に縛られて生きていた自分が、みじめで、どうしようもなく愚かな存在に思えてきた。


「ショタ神様・・・。俺は、俺はどうすればいいんだ!」


「案ずるな、田中よ。お前も元はショタだった。どれだけ汚くなろうとも、お前がショタだったことに変わりはない。お前もわいの息子だ。さぁ、胸に飛び込んでおいで!」


 田中の顔は、天地が開けたような喜びに満ちていた。


「ありがとう、ショタ神様!ありがとう~」


 田中がショタ神様に向かって飛び込もうとしたそのコンマ数秒の間、木元は大きく息を吸った。


「あぁ~いい匂い」


「この猿がぁ!」


 天思のアッパーが炸裂した。ベロを噛み、「へぶしっ」と言いながら木元は、宙に舞い上がった。さらに、田中の体当たりも炸裂。木元は、壁にめり込むくらい激しくぶつかると、仰向けになって倒れた。ピクッピクッと痙攣すると、意識を失った。


「はぁ~スッキリした。先輩、ありがとうございました~。って寝てるか」


 天思が、気持ちよさそうに体を伸ばしながら言った。田中は、伸びている木元をまじまじと見つめ、知らんぷりをした。これも、当然の報いである。


 木元のショタコン道はまだまだ続く。頑張れ、木元!負けるな、木元!変態、木元!




                Good luck

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