第4話 ショタコンについての新しい認識 前編
栄えある男子高校生が放課後やることといえば ・・・そう!部活である!
わが主人公、田中も部活に所属している。
そして今、授業終了を知らせるチャイムが鳴り響いた!
今日は火曜日。掃除がない田中は、クラスメイトと談笑しながらダラダラと机を下げると、ロッカーからスマホを取り出し、部室を目指す。部活がある火曜日と木曜日はこれがルーティンだ。田中は、廊下の賑わいから一人遠ざかり、生徒部室や実験室がある北館の校舎へと足を運ぶ。
突き当たりを右に曲がり、茶道班の班室である茶室を横目に階段を上る。上った先の短い廊下に三つの小さい部屋があるが、その中の一番奥の部屋が田中の目的地である。
ドアには「文芸班へようこそ!」と書かれた紙がテープで雑に貼られている。そう、田中はあらゆるアニメでも現実でも馬鹿にされてしまう文芸班に所属していた。
「チッ、鍵開いてねぇな」
部室の鍵は顧問の先生が持っている。普段は班長がその先生から受け取り、開けにくるのだが、班長が掃除だったり、先生が見つからない場合、部室が開くのが遅くなってしまうのだ。・・・この先生も文芸班の顧問だけあって独特なのだが、その話はまた今度。
「ういーっす」
「お、きた」
班長の佐伯(さえき)が鍵を持ってやってきた。
佐伯は元陸上班で、爽やかな出で立ちと後輩想いの優しい性格である。文芸班といえば、放課後に居場所を求めるぼっちか、ただのヲタクくらいしか来ないイメージだが、佐伯のようなイケメンが入ることもあるのだ。
「今日、俺明日の家庭科で使う材料の買い出し行かないといけんから、あとは高1でやっといて」
「あ、ういっす」
「く・れ・ぐ・れも遊ぶんじゃないよ」
佐伯は笑いながら言った。佐伯の代になるまでの文芸班は、ただの遊び場だった。スマホゲームで遊ぶのは日常茶飯事で、少し前の時代だと電子辞書のケースにDSを入れて持ってきたり、パソコンで普通にゲームをしていたらしい。
「分かってますって」
しかし、真面目な佐伯を筆頭に、いい後輩に恵まれた最近の文芸班は、いちおう活動らしい活動をしていた(今回はちょっと違うけど)
佐伯は田中に鍵を渡すと、その場を去った。田中は部室に入り、部屋に入ると畳の上に寝転がった。
広さおよそ8畳の細長い部室の奥には、2畳分、畳のスペースがある。文芸班は毎年2万円弱の活動費が支給されるが、使い道が無かったので「なんか畳とかで執筆したらアイデア出るんじゃね?」という浅はかな理由で買われたものだ。ドアから入って右側の壁には長机と本棚が置かれており、机の下には数個の椅子やゴミ箱と、なぜか赤本が入ったダンボールが積まれている。もう一方の壁には、過去の先輩が残した遺産(文化祭用の文集や小道具)が乱雑に置かれていた。
田中は「うおおおお~~~あはっ、うぐっ」と今にも何かが生まれそうな声を発しながら伸びをした。ぼーっと天井を眺めていると、ドアがドンッと開いた。
「みっくみっくにしーてあげる!」
そういいながら入ってきたのは田中と同学年の木元だった。
「古いな」
「そうか?わいの中ではバッキバキのブームだけど。あれ?他のやつは?」
「班長は今日家庭科の買い出しで来れんって。他は知らん」
木元 大次郎(きもと だいじろう)は細身の体で、坊主頭に眼鏡という姿であり、典型的なオタクである。昔はバレー班にいたが、高校生になると同時に文芸班に入った。
「そうか。・・・あー早く天思ちゃん来ないかなー」
「今日何する?」
「そうだなー、BLショタ論争でもしとくか?」
「は?お前だけでやっとけ」
「おいおい大草原協会じゃなかったのかよ」
木元がいう「大草原協会」とは、「ホ○系日本大草原協会」の略である。前回、山下先生が学生時代に「即火唖生活(ショッカーライフ)」という族をやっていた時の話をしたが、実は田中もその類の組織を岡田と一緒に作っており、ホモとしてYouTube活動を行っている。だが、それはまた今度のお話し。ちなみに創設者である岡田が会長で、田中が副会長という設定だ。
その時、またまたドアが開いた。入ってきたのは中学2年生で、天然パーマにあどけない顔、小柄な体型を持つ、文芸班のアイドルと言っても過言ではない二葉 天思(ふたば てんし)だった。
「こんにちは・・・」
「天思ちゃん!?」
天思だと分かるやいなや、木元は起き上がった
「先輩、近寄らないで下さい」
「まぁまぁいいじゃないの~ね?あー今日もいい匂いだねぇ。あ、荷物持つね、うん」
木元は天思のバッグをするすると肩から外すと、バッグのチャックを明け、匂いを嗅ぎ始めた。天思は糞でも見るような眼で木元を見下ろす。
「お前ホモだろ」
「何を言うか!わいはただのショタコンであって、断じて腐ってはおらん!お前と一緒にするな!」
「田中せんぱーい、今日は何するんです?」
天思は木元を無視し、田中の方へと駆け寄る。
「そうだな・・・今日班長がいないから特にやることもないんだよなぁ」
「そうなんですか・・・。あの、じゃぁちょっと、その・・・相談に乗ってくれませんか?」
「うん?いいけど、何の?」
「ここでは言いたくないです。あの寄生虫がいるんで」
「な!天思ちゃん・・・それを言われたらちょっと傷くなぁ・・・。まぁ普通の人だったらだけど。天思ちゃんなら逆にウェルカーム!・・・あーこれ部分によって匂い違うんだな」
木元はリュックサックをまんべんなく丁寧に匂い始めた。
「おいおい、お前それはやりすぎだって」
「シャー!!!」
田中がリュックサックをとろうとすると、木元は獲物を横取りされまいと守る肉食獣のごとき形相で田中を威嚇した。田中もあまりの必死さにドン引きである。
「おい二葉、コイツにこのままヤラセておいていいのかよ!」
「いいです。もう疲れました」
「え、じゃぁわいと結婚してくれるの!?」
「死ね」
天思の顔は笑っていなかった。
「え、ちょっとひどいよー。今までどんだけ蔑まれたとしても死ねはなかったじゃん・・・死ねは・・・ヌフフ」
気持ち悪い笑みを浮かべながら木元は言う。
「さ、先輩こんなのほっといて行きましょう!」
天思は机の上に置いてあった班室の鍵をとると、田中の背中を押した。
「行くってどこに?」
「決まってるじゃないですか・・・。コイツのいないところですよ」
「え?、っちょっちょ」
天思は田中と一緒に班室の外に出ると、班室の鍵をかけた。木元は天思の仕掛けた甘いトラップに引っかかっており、閉じ込められたことに気づいていない。
「あの・・・先輩、僕のこと、その・・・二葉じゃなくて、天思って呼んでくれませんか?」
上目遣いでモジモジしながら恥ずかしそうにしゃべる天思。
「おう、いいぞ」
天思は心の中で大きくガッツポーズをとった。
「ありがとうございます!じゃぁ、行きましょうか!」
「だからどこにだよ」
「図書館の横にある広場です。あそこなら誰も来ませんし、会話の内容を聞かれることもありません」
「そんなに聞かれるのが嫌なことなのか?」
「・・・とにかく、行ってから話します!」
天思は顔を赤くして言った。田中の手を引き、図書館までいそいそと歩く。
「お前さ、最近大吾朗に言うこときつくない?」
「当然です、あんな変態。まともに付き合ってたらきりがないです」
「あいつどんどん耐性ついていくぞ」
「・・・その時はその時です」
二人は目的地に着いた。そこにはいくつもの太い丸太の椅子がローテーブルを囲んでいた。二人はそのうちの一つに適当に座ると、向かい合った。
「で、相談ってなに?」
「僕、実は・・・告白しようか迷ってるんです」
「へー、誰に?・・・ってまさか、男じゃないよね!?」
「違います!同じ塾の人で、よく話すんです。勉強教えてもらったり、趣味も合ったりして」
天思は顔を真っ赤にして話す。恥ずかしすぎて、田中に目を合わせることができない。
「そうかぁ、ええなぁ。じゃぁ早いとこ告りゃぁいいじゃん」
「そんなにやすやすと告れたら苦労しませんって!」
天思は無責任な田中に若干腹が立って、早口で言った。
「すまんすまん。・・・で、俺にどうしろと?」
「一応・・・告白の手紙を書いてきたんで、読んで感想下さい」
天思は、ポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
「紙かー、今どきはLINEとかで告白する奴いるらしいけどねぇ。てか、口頭で伝えればいいんじゃないの?」
「嫌です。・・・絶対緊張して、まともに喋れないんで。それに、紙に書いた方が、思いがちゃんと伝わる気がするじゃないですか」
「なるほどね、どれどれ?」
田中は書いてある内容を音読し始めた。
「ずっとあなたのことが好きでした。授業中、あなたのことばかりを見てて、集中できないくらいに。どんなことがあってもブレないその気高い心、凛々しい姿、僕がどんなに分からず屋でも勉強を教えてくれる優しい心。あなたのことを考えるといつも胸が締め付けられます。どうか付き合って下さい」
田中はあまりに普通のラブレターだったので、一瞬どう言おうが迷ってしまった。
「いいんじゃね?」
「なんですかそのどうでもいいって態度は!人がこうやって恥ずかしいのに相談してるのに~」
天思はほっぺを膨らませ、ぶーたれた。
「いやさぁ、俺こういう経験が全くないんだよ。だから、どうアドバイスすればいいかも分からん」
「え!?先輩ならてっきり経験豊富なものかと思ってました」
「なんでだよ。俺がモテるように見えるか?」
「はい。優しいし、キモくないし、何よりオモシロいですし・・・」
「そうか?俺は告られたことも告ったこともねぇぞ?」
「本当ですか!?・・・あー、先輩ってもしかして、嫌われることもないけど、誰からも好かれることもないってタイプですか?」
「かもしれんな・・・」
田中の小学校は、非常に稀有な学校だった。色恋沙汰などとんとなく、バレンタインデーも友チョコくらいで、六年生になってもなお、「女子と遊んだら仲間外れになる」というあの意味の分からん風習が残っていたほどである。その中で育ち、男子校で隔離された田中は、誰かを好きになるという気持ちを喪失していた。
「こういうのは木元の方が経験豊富だぞ。あいつに相談しろよ」
「嫌です。絶対ちゃかすに決まってます。それに、経験豊富って言っても木元先輩だったらフられ方しか教えてくれそうにありません。キモイし無理です!」
「まぁそうかもしれんが・・・」
天思の心はどす黒く沈んでいた。自分の周りにはマトモに恋愛をしたことがない人ばかり。普通の人の、普通の恋愛経験を聞いて、ある程度シミュレーションができれば少しは不安も解消されるかと思ったが、このままでは無理そうである。しかし、内気な性格から交友関係の狭い天思は、2年生の新クラスでの友達作りに失敗しており、頼れるつてはもう文芸班しかなかった。
天思が絶望に打ちひしがれていたその時、田中がそうだ、と何かを思いついたように言った。
「俺が告白するっていう体であいつに今から電話すればいいんじゃないか?そうすればお前のことだとはバレないし、うまくアドバイスを引き出せるかもしれない」
天思はしぶったがもうできることもないので、ゴミの中からマシなゴミが拾えればいいか、くらいの気持ちで田中の提案承諾することにした。田中はそれを受け、電話をかける。
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