内紛再び

 

 ・天文六年(1537年) 十月  山城国 京 相国寺  六角定頼



 警備担当の変更案を進藤・蒲生と打ち合わせていると、近習から三好頼長が目通りを求めていると告げられた。用件は告げなかったが、阿波へ帰ると言いに来たのかもしれん。


「失礼致します」


 縁側に座った頼長が室内の絵図面に目を落とした後、俺の方を見据えて来る。


「どうした? 何かあったか?」


 敢えてとぼけたが、頼長は真っすぐに俺の目を見据えて来る。どうやら何らかの覚悟を決めた顔だ。


 十六歳か……。


 現代でも世の中と自分との関りを考え、自分がどう生きていきたいかが朧気ながらに見えて来る年ごろだな。この時代ならば否応なく戦に駆り出される年齢でもある。嫌でも自分の死生観と向き合うことになったのだろう。


「義父上にもご心配をおかけして申し訳ございません。予定通り、即位の礼の警備に当たらせて頂きたくお願いに参りました」

「……良いのか?」

「はい。あれから数日、己がどう生きていきたいのか考えて参りました。某は、義父上の目指される新たな世を作るお手伝いを致したく思います」


 進藤と蒲生がほっとした顔つきに変わる。特に蒲生は頼長を買っていたからな。幕下に留まると聞いて素直に喜んでいるのだろう。


「いずれ弟達と戦をすることになるかもしれぬ。それでも良いか?」

「はい」

「……分かった。当面、孫次郎は丹波方面の経略に力を注ぎ……」

「いえ、叶いますれば、今のまま摂津を目指したく思います」

「しかし、それでは遠からず彦次郎とぶつかることにも成ろう」

「やはり某の素志は、細川を討ち、父の旧領を回復すること。摂津攻略をまずは行わせて頂きたい」


 ……強いな。いつまでも子供と思っていたが、いつの間にか大人になるものだ。


 だが……


「細川右京大夫を討った後、弟に自分の首を呉れてやろうなどとはゆめ思ってはならぬぞ」

「……」

「忘れるな。俺も、そして六角家の全ての者も孫次郎を必要としている。易々と死ぬる決意などするものではない。何を置いてもまずは生きる道を探せるのが真に強い武士というものだ」

「……お言葉、有難く頂戴いたします」


 一礼すると頼長が下がって行った。心配だな。

 一途に思い込んで真っすぐに進めるのは若者の特権だが、思い込むあまりに自分を疎かにしてしまうのも若者の危うさだ。


「藤十郎。婿殿が無茶をせぬよう、気を配ってやってくれるか」

「ハッ」

「大人で居るのも、なかなか疲れるものだな」


 隣で進藤が微かに笑う。何を今更という感じだな。

 まあ、俺だって今までに進藤達には散々苦労をかけている。子供たちにはそれを見せないように家臣達が気を配ってくれているだけだ。

 人はどこまで行っても誰かに支えられなければ生きてゆけないものだ。そのことを孫次郎や四郎にも早く気付いて欲しいものだが、こればっかりは自分で経験して気付くしかない。


 いずれは誰かのために死ぬのではなく、誰かのために生きなければならない日が来る。俺の場合はそれが四郎や孫次郎の明るい未来を創りたいという思いだっただけだ。

 頼長にも早くそういう存在が出来ればいいんだがな……。


「ともかく、変更は無しだ。警備担当は元の予定通りに」

「承知いたしました」




 ・天文六年(1537年) 十月  山城国 京 紫宸殿  近衛稙家



 紫宸殿の北庇に張られた幔幕の内側で束帯姿で座る。高御座たかみくらの前では三条左府(三条公頼)が礼服姿で式典を取り仕切っている。

 今回は麿は見物人だ。式典は三条や山科が取り仕切る。たとえ関白と言えども、役目を持たぬ者はただの見物人に過ぎぬ。


 暫く座ってゆるりと過ごしていると、ふと隣に立つ人影があり、人影はそのまま麿の隣に座った。

 人影の方をそっと窺うと、ギョロリとした物の怪じみた目が麿の目にひたと据えられる。年を取って幾分丸くなるかと思いきや、だんだんと妖怪のようなジジイになってきおったな。


「御大典のこと、ご苦労でおじゃりました」

「三条の大臣おとどもよう来てくれやりましたな」


 堺から三条相国も式典の見物に招いた。

 三条の倅の晴れ姿でもあるからな。目に焼き付けておきたいという思いもあるだろう。


 暫く無言で隣り合っていると、やがて奥から主上が参られて高御座に座られる。主上からは内裏の庭先に詰めかけた武士や京洛の民がお見えになっていることだろう。

 これだけの者達が新たな帝の即位を寿ことほがんとしているのだ。天下の静謐を望む主上の御心をないがしろにするわけにはゆかぬ。


「……三条殿。もう止めぬか?」


 返事はない。辺りには三条左府の言上する祝詞の音だけが響く。


 やがてポツリとした返事があった。


「……麿は年が明ければ入道する。倅を京に留めて頂ければありがたい」

「承りましょう」


 それが三条殿なりのケジメなのだろう。ともあれ、これで近衛派だの三条派だのといった争いは終わる。天下を静謐ならしめんとするならば、まずは我ら公家が争いを止めねばな。思えば三条殿が法華宗を朝廷に引き入れたのも、元々は窮乏する財政を何とか建て直さんとしてのこと。

 麿は今でも法華を朝廷に入れたのは間違いだと思っているが、三条殿の志はおもんぱかって然るべきだったかもしれん。

 何よりも、武家の戦を押しとどめんとするのならば、まずは我らが率先して争いを止めるべきだ。


 まだ武家の争いは続くだろうが、公家と朝廷は争いを止めたと示すことこそ肝要であろう。


 次は万歳三唱か。

 間もなく即位の礼も終わるな。




 ・天文六年(1537年) 十一月  山城国 京 東寺  木沢長政



 即位の礼も無事に終わり、大嘗会を十日後に控えている。御大典もつつがなく終えられそうだ。

 だが、摂津の情勢はそうもいかん。摂津の国人衆からはこの機会に様々に陳情がもたらされた。茨木殿(茨木長隆)の言うことも分からぬではないが、それにしても摂津国衆の意向を無視しては摂津支配が成り立たなくなるだろうに。


「殿、三好越後守殿(三好政長)がお見えになりました」

「うむ。わかった。茶室にご案内せよ」

「ハッ!」


 ともあれ、儂を頼って来た摂津国衆の憤懣をそのまま放置するわけにはいかぬ。右京大夫様の側近たる越後守殿に対処するように申し上げておこう。



「お待たせ致した」


 東寺の一室に屏風で仕切りを付けた茶室に入ると、越後守殿が悠然と座っている。

 用件は伝えてあるが、困った様子が見られないということは何か良い知恵があるのだろうか。


「お忙しい中お呼びだてして申し訳ない」

「いえ、木沢殿にはいろいろとご心配をおかけして申し訳ありませなんだな」


 一礼して茶を点て始める。越後殿は堺の茶人とも親交の深い趣味人だから何やら緊張するな。

 もっとも、戦で武功を立てたという話はとんと聞かぬ。それを持って越後守殿を『右京大夫様の太鼓持ち』と揶揄する者も居るが、このような時にはその信頼の厚さが頼りになる。

 年が明ければ再び六角と京を争わねばなるまいが、そのような時に摂津が不穏になっていては満足に戦えぬからな。


「結構なお点前で」

「お恥ずかしゅうござる。……時に、三宅出羽守殿(三宅国村)からも某の元に陳情が届き申した。茨木殿の言わんとすることは分からぬでもないが、あまりに過ぎると摂津国人衆を追い詰めることにもなりましょう。越後守殿から茨木殿に申し上げて頂けませぬか?」

「三宅出羽守からもですか。何やら、摂津国人衆は木沢殿をよほどに頼りとしておるようですな」


 越後守殿が可笑しそうに笑う。笑いごとではあるまいに。


「笑いごとではございませんぞ。三宅殿は細川八郎(細川晴国)を裏切って右京大夫様の幕下に再び参じた者でございます。細川道永(細川高国)が播磨から逆襲を仕掛けて来た折には右京大夫様に反旗を翻した。それだけに、右京大夫様から冷遇されているのではと疑心暗鬼に陥っております。

 彼らを無闇に背かせては愚策にござる。彼らの言い分も多少は聞いてやる必要があるのではないですか?」


 三宅城は淀川を挟んで我が領地にも近い、それに越後守殿の治める河内十七箇所にも近い場所にある。その三宅が背くとなれば、我が木沢家のみならず越後守殿にとっても痛手のはず。

 それが分からぬ越後殿ではないだろう。


「いやに摂津国衆の肩を持たれますな。それほどにご心配であるならば、左京亮殿(木沢長政)から右京大夫様に直接申し上げられれば良いように思いますが」

「某が申し上げては茨木殿が面白く思われますまい。某よりも越後守殿が申し上げた方がまだしも聞き分けて頂けるかと思い、こうしてお願いしておるのです」


 ……どうも妙だ。

 ひょっとして越後殿は儂を警戒しているのか?

 儂はただただ右京大夫様の畿内支配を確かな物にしようとしているだけなのだが……。


「……まあ、お言葉はごもっともに存ずる。某から伊賀守殿(茨木長隆)や右京大夫様に申し上げておきましょう」

「よろしくお願い申し上げます」


 本当に右京大夫様にしっかりと申し上げるのだろうか。三好筑前守(三好元長)を葬った手腕を見る限り、決して愚鈍な男ではないはずだが……。


 いや、あるいはこれは好機なのかもしれんな。

 茨木伊賀守や三好越後守が当てにならぬとなれば、摂津の国衆は儂を頼りとするはず。現に、領地の近い三宅や伊丹などはしきりに儂へと誼を通じようとしている。それだけ茨木や三好が当てにならぬという証左なのかもしれん。


 儂の名の元に摂津を取りまとめれば、右京大夫様も儂を益々頼りとされよう。北河内の守護代に過ぎぬ木沢家が、畿内に覇を唱えて六角を京から追い出して天下を掴む。


 ……うむ。悪くない。


 となると、問題は南河内の遊佐の動向か。遊佐は父を殺した儂を恨んでいるだろうし、畠山家臣でありながら右京大夫様の信を得る儂を目の上のたんこぶと思っているだろう。

 さすがに細川家と正面切って戦うとは思えぬが、後ろで何かと動かれては面倒だ。


 大和の信貴山の築城を急がせよう。

 信貴山城に兵を込めれば高屋城にも睨みを利かせられる。高屋城の斎藤親子は今もって遊佐になびかずに儂を頼りとしておるし、遊佐河内守が南河内を完全に掌握するには今少しの時を要するはずだ。

 今のうちに儂が右京大夫様の一の家臣となれば、遊佐河内守とて儂に敵対することは出来なくなろう。


 ……うむ。うむ。悪くない。


 そうだ。これは奇貨なのだ。これを機に我が木沢家は畿内の覇者として君臨する。それが天の与えた道なのかもしれん。


「如何なされましたか?」


 む。三好越後守が儂の目を覗き込んでくる。儂の心に勘づいたのか?


「いえ、某が願うのはひたすらに摂津が安定を見ること。何卒良しなにお願い申す」

「お気遣いかたじけなく。右京大夫様にも木沢殿の忠義を良く申し上げておきましょう」


 ふふ。要らぬ心配だったか。


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