客将
・天文六年(1537年) 五月 近江国蒲生郡石寺楽市 陶隆房
使者の役目を果たした後、楽市会合衆の伴庄衛門殿が楽市を案内してくれた。
何やら物珍しい店が色々あって目移りしてしまうな。宰相様の仰せの通り、周防とも堺とも京ともまた違った風情がある。
「ふうむ……さすがは近江宰相様のお膝元。よく賑わっていますな」
「恐れ入りまする。この観音寺城下は当代の六角様が一代で創り上げられたもの故、いろいろと新しいことを試したいという者が集まってしまい、それでこのような乱雑な街並みになってしまい申した」
庄衛門殿が恥ずかしそうに頭を掻くが、乱雑というよりは活気があると言うべきだろう。道行く人も店の者も、皆等しく明るい顔をしている。飢えたる者が一人もいないというのがこの城下の繁栄を物語っている。
「一代で創り上げられたと申されましたか?」
「左様。あれは永正の頃でしたから十五年以上前でございますかな。南近江を統一された六角様は、観音寺城下を我ら商人の商いの場として開放してくださいました。
そこから十五年で日ノ本中から産物を掻き集め、それらを活用して新たな産物を作っていくうちに、今のような雑多な街になってしまいました」
ふうむ……。僅か一代でこれほどまでに繁華な街を作り上げるとは……。
無論、これだけ城下が発展するにはこの城下が常に平和であらねばならない。敵国の侵略はもちろん、一揆などが頻発するようではこのような発展など望むべくもない。
この一事を持ってしても、近江宰相の力量を窺い知ることが出来る。
……む。
この店から漂って来る匂いは何だ?
何やらひどく美味そうな匂いだ。
「食べてゆかれますか?」
「構いませんか?」
「もちろんでございます。ささ」
店の中に入ると狭い中庭を縁側がぐるりと取り囲み、客同士は隣り合って縁側に座っている。何やらすすっているあれはなんだ?
「あれは『うどん』でございます」
「うどん? しかし、うどんなどは冷やして食べる物ではないのですか?」
「ははは。あれも新しい試みでございます。敦賀から昆布とスルメが手に入ります故、昆布とスルメの出汁に醤油と塩で味を付け、暖かい汁にしてうどんの上に注ぎます。体が温まりますし、寒い冬にはもちろん、夏に食べても美味いですよ。
どれ、せっかくですからひとつ頼みましょうか」
庄衛門殿が店の者に声を掛けると、しばらくして大きな器が運ばれてきた。
通常のうどんよりも太い麺の上に何やら肉らしきものが乗っている。しかし、器に注がれているこの汁は何だ?
寒い冬場にはうどんを暖かい湯に漬けて食べることはあるし、味噌の汁に入れて食すこともある。だが、このような薄茶色の付いた汁など見たことも無い。だが、先ほど匂って来たのはまさにこれだ。
何とも芳醇な良い香りがする。
一口汁をすすると驚いた。
まずこの汁が美味い。ただの味噌でもない。ただの塩でもない。柔らかく甘みがあり、しかも口中に香ばしい香りが広がる。味噌の汁よりも軽やかで上品な味だ。
上に乗っている肉は……これは牛の肉か。しかし、これも味噌でじっくり炊いてあるのだろう。噛みしめると濃い味わいが肉の奥からほとばしって来る。
そして麺をすすると、全てが混然一体となって喉の奥に滑り込んでくる。湯に漬けただけのうどんは麦の味が強く、何やら味気ないものだが、このうどんは違う。汁が絡んで麦臭さが消える。これならばいくらでも食えそうだ。
「ううむ!美味い!」
庄衛門殿がニッコリとほほ笑む。
思わずズルズルと食ってしまったが、不作法ではなかっただろうか。
「お気に召してようございました。手前なども忙しい時はここでささっと腹を満たします。火を常に起こしておかねばならんので安い物ではないですが、この手軽さが受けてこの店も繁盛しております」
「さもありなん。このようなうどんならば毎日でも食いたいですな」
「いずれは周防でも食せるようになりましょう。六角様は各地から集めた物を掛け合わせ、新しい物を作ることを非常に好まれます。そして、出来上がった良い物はここから各地へと持ち込みます。
そうやって日ノ本が等しく豊かになれば、益々新しい良い物が生まれるだろうと仰いますので」
ううむ。これは何としても周防に持ち帰りたい。近江宰相様の申される航路が完成すれば、周防でもこれが食えるようになるのだろうか。
是非とも御屋形様にも召し上がって頂きたいものだ。
・天文六年(1537年) 六月 摂津国欠郡 榎並城 三好政長
「お待たせ致した。お顔を上げられよ」
五歳の童を筆頭に二十名の男が頭を上げる。
「大変なご苦労でありましたな。心中御察し申す」
「いえ、此度越後守殿にお目通り叶いましたこと、有難く存じまする」
ふむ。この童が長夜叉か。そして、長夜叉の隣に座るこの男が朝倉九郎左衛門(朝倉景紀)だな。
噂ではわずかな手勢で一向一揆勢に突撃し、五万の一揆軍を四分五裂させたという。かの朝倉宗滴の後継者とも呼ばれる偉丈夫だというが、なかなか鋭い良い目つきではないか。
「早速ではあるが、朝倉家の再興を果たしたいとのこと、もっともに存ずる」
「……では!」
「されど、今すぐには難しゅうござる」
ほう、さほどに顔色を変えぬか。今すぐの再興が難しいということはこの男も分かっているようだな。
「仰せの通り、今すぐには難しいかもしれません。ですが、お力添えを頂けると考えてもよろしいのでしょうか?」
「無論、某としてはできるだけお力になりたいと思っております。ですが、我が主細川右京大夫は再来月には幕府の管領として公方様のお側に上洛することが決まっております。
今回の上洛は帝の即位式の打ち合わせの為のもの。その席上には近江宰相も参加致します。今この時に我が主とお手前方が会えば、何かと障りがござる」
「しかし、それでは……」
「それゆえ、当面の間は某の客将として遇させて頂きたい」
不安や不満はあろうが、九郎左衛門としても贅沢の言える立場ではあるまい。他所を頼ると言っても、多少なりとも誼を通じている先は我が主しか居らぬのだからな。
「……暫くはこの榎並城にてゆるりと過ごされよ。畿内の情勢が動いた際には、必ずや朝倉家の再興を支援させていただく」
「……よろしくお願いいたしまする」
ふむ。直情径行の男だと聞いていたが、なかなかどうして聞き分けが良いではないか。あるいは亡国の苦労が人として成長させたのか。まあ、どちらでも良いわ。
重要なのは儂の手元に朝倉九郎左衛門という武力が手に入ったことだ。
近江宰相には負け続けているが、一向一揆との戦を聞く限りその采配は決して凡庸なものではない。それに、かつて京の川勝寺口の戦いではわずか二百の手勢で畠山上総介(畠山義堯)の軍勢二千を打ち破った剛の者だ。世上では朝倉宗滴が打ち破ったと言われているが、実際に前線で戦ったのはこの九郎左衛門だとあの場に居た者から聞いている。
近江宰相に敗れたのはあくまでも軍略によって敗れたのであって、その武力と統率力に関しては文句が無い。儂の軍略の元でならば、朝倉は無敵の精鋭となろう。
木沢か六角か、今後どちらと戦うにしてもこの男は良い手駒となるだろう。
ふふふ。『窮鳥懐に入れば猟師も殺さず』と言うが、鷹が懐に入って来たならば獲物を狩らせるのが猟師の性分というものだ。全く、儂は運が良いな。内池屋と言い、朝倉九郎左衛門と言い、近江宰相のおかげで労せずして良い駒が次々に手に入るのだからな。
・天文六年(1537年) 七月 三河国額田郡岡崎城 松平清康
僅かな手勢を率いて岡崎城に戻ると、奥から阿部大蔵(阿部定吉)が慌てて駆けてくる。守山城より火急の報せありとのことだが、一体何が起こったのだ。
「お帰りなさいませ。お早いお戻りで……」
「挨拶はいい。状況は?」
「ハッ。守山城に尾張守(六角義賢)率いる六角勢が攻め入りましたが、蔵人佐様(松平信孝)の奮戦によって辛くも撃退に成功しております」
「与十郎(松平信孝)がやってくれたか。して、火急の要件とは何だ」
「その戦の折、美濃から攻め入った斎藤山城守(斎藤利政)によって守山城後方の品野城を落とされました」
「何!」
品野城が落ちれば守山城は敵中に孤立するではないか。
そんな城を確保していても意味は無い。
「品野城は今どうなっている?」
「長山城の明智弥太郎(明智光綱)が守将として配され、古渡城と連携して守山城を包囲する形勢を作っております。
蔵人佐様からは何卒品野城の奪還と守山城の後詰を願いたいと」
くそっ。六角め、嫌な時に邪魔をしおる。
あと一歩で朝比奈の宇津山城を攻め落とせると言う時になってこれか。
「……無用だ。守山城を放棄して与十郎には三河へ引き上げさせろ」
「よろしいのですか?」
「構わん。六角と斎藤が当たってきているのだ。これ以上こちらから援軍を出せば、儂は尾張で泥沼に嵌る。せっかく遠江の井伊がなびきかけているのだ。これ以上尾張に構っていられん。
与十郎には福谷城に入らせ、沓掛城の近藤と連携して尾張勢を防ぎ止めるように申し伝えろ」
「ハッ!」
……斎藤山城守か。もう洪水の被害から立ち直ったのか。
尾張の六角だけでも厄介なのに、美濃の軍勢までもが共に攻めて来るとなれば侮れん。
今川が北条の侵攻で揺れている今が好機なのだ。遠江の者は駿河に援軍を求めることも出来ずに儂の元に降るかどうかを決めかねている状況だ。今この時に宇津山城の朝比奈と曳馬城の飯尾を降せば、天竜川以西は雪崩を打って崩れる。
儂が遠江に向かっている隙を狙って仕掛けて来るとは、六角の御曹司め……。
いや、糸を引いているのは今川左馬助(今川氏豊)か。あ奴ならば駿河の本家と連絡を取り合うことも容易であろう。奴だけでも手早く始末しておけば東西で息を揃えて邪魔されることも無かったかもしれん。
ええい、今更言っても詮無きことか。今はともかく宇津山城を攻め切らねばならん。
宇津山攻めの陣は本多吉左衛門(本多忠豊)に預けて来たが、万一にも今川の増援が無いとも限らん。今日は岡崎城で泊まり、明日朝に陣に戻るか。
「誰ぞある!具足を脱ぐ!手を貸せ!それと湯漬けの用意だ!」
――――――――
ちょっと解説
今川義元の家督継承早々に起きた第一次河東の乱ですが、史実では五月~六月ごろに北条の勝利で終息しています。北条氏綱が遠江の国人衆を離反させたために今川義元も全軍を持って北条に当たることが出来なかったことも一つの原因です。
ですが、こっちの世界では松平清康の侵攻こそが遠江の緊急課題となっています。その松平を今川氏豊が六角義賢に依頼して牽制し、立ち直った斎藤道三も同調して尾張・美濃の軍勢で松平に攻めかかるという展開を見せています。
今川氏豊は今川義元と連携しており、遠江に北条の手が入る隙が無くなったためにかなりの戦力を東に向けられているという設定ですので、河東の乱は史実よりもやや長期化しています。
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