第13話 私とルームメイト

 今私の目の前には『アルタイル学園直轄寮 サークルハウス』の看板があり、さらに寮がある。



 「遂に……遂にこの時が……来たぁーーーーーっ!」



 両手を空に向けて高らかに伸ばし、そして咆哮する。目に映る空は、美しく彩られた青空。


 私は重くなったリュックサックとキャリーケース(どちらもオーダーメイド)を提げ、休日の寮の中へと入っていく。


 期待を胸に膨らませながら入った寮は、以前来た時とは違って見えた。


 生憎寮母さんは不在のようだったが、事前に貰っていた部屋案内の紙を頼りにして私は自分の部屋を探した。


 ……かったが、階段の前でキャップ帽を被ったガラの悪そうな男子が陣取っていた為に、先に進めないでいた。


 その男子は自身の足元に荷物を置いて辺りを見回し、まるで自分の部屋を探しているかのように見えた。



 (うわあ〜進めねぇ〜……上の階に行くにはそこの階段を使うしかないから、他に階段なんか無いし……)



 と困り果てていると、私に気づいた男子がゆっくりと私のほうへ歩み寄って来た。そして私にこう言い放った。



 「おいてめぇ、何人のことジロジロ見とるっつか! あぁん!?」


 (!?)


 「いや、あの、その……」


 「……痛い目に逢いてぇんか? (ギロッ)」


 「ひぃぃぃぃぃぃぃ〜 ><;」


 (おい校長、不良とかは入れないんじゃなかったのか校長!)


 「……つーかてめぇ、どっかで見たことあると思ったら、不良共をやっつけたお嬢様じゃねぇか」


 「……え? そ、それが何か……?」


 「うっせぇ、てめぇには関係無か! それより、俺に何の用や?」


 「用、と言うか、あの、私はただ、階段を昇りたかっただけ、で……」


 「……んなことは最初っからはっきり言えや! 痛い目に逢いてぇんか?」


 「ひぃぃぃぃぃぃぃ〜 ><;」


 「……まあ良か、だったらはよ行かんね」


 「あっ、はい……すみません……」



 そうして私は不良男子の横を静かに通り抜けた後、キャリーケースを持ってそのまま階段を一気に駆け上がった。


 この学生寮は5階まであり、更に1階につき20部屋が備わっている。つまり合計で100部屋あり、2人1組で使えば200人まで入ることができる。


 私の部屋はその中の「Ⅱ−17」、つまり2階の17番目の部屋ということになる。ちなみにサノたちの部屋は「Ⅳ−16」、4階の16番目の部屋になる。


 不良男子から逃げるように「Ⅱ−17」に着いた私はドアの前で息を整え、そしてゆっくりとドアを開けて中に入る。どうやら事前に寮母さんが鍵を開けてくれていたようだ。


 中は暗く、所々に埃が舞っていたが、掃除をすればすぐにでも寝られるぐらいには綺麗に整理されていた。


 私は手探りで部屋の電気を点け、部屋の中央にリュックとキャリーケースを置いた後右側にある二段ベッドの下に座り一息ついた。そして先程の不良男子のことを思い返した。



 「……にしてもびっくりしたなぁ。今時ああいうタイプのどヤンキーとかいるもんなんだな。でも……あの喋り方、日本で言うところの九州弁に似てたよな。そういうふうに聞こえたってことは、ミルト語にもそういう訛りがあるっていうことになるのかな……?」



 私の父方の祖父の家が九州にあり、帰省の度に九州弁を耳にしてきたので、そのおかげか小さい頃からその辺の方言は覚えていた。



 「あ、あとあれにもびっくりしたな。ヤンキーとかがメンチ切った時に出てくる『(!?)』ってやつ、まさか本当に出てくるとは…………なんにしても、ああいう人とは極力関わらないようにしよ……」



 そう思いながら私はベッドから腰を持ち上げ、すぐさまドアを閉めて窓を開けた。


 そりゃだって、これから掃除をするのに廊下に塵を出すわけにはいかないからだ。



 「……さて、いっちょおっぱじめますか!」




 数分後、魔法やスキルを駆使して私は部屋全体を綺麗にした。雑巾やはたきといったたぐいの物は、なぜかほとんど荷物の中に入っていた。


 ひと仕事終えて落ち着いていると、突然部屋のドアが音も無く開き、見知った顔が私の目に映った。向こうも私に気づき、お互いに体が固まる。


 そしてまるでタイミングを図ったかのようにお互いが同時に声を上げ、お互いが同時に指を向けた。



 「「……あぁーーーーーーーーーっ!」」



 ドアの向こうには、先程まで階段の前にいた不良男子が立っていたのだ。あれやこれやと私が言う前に、不良男子はぐんぐんと私に近づいてくる。



 「てめぇ、俺の部屋・・・・で何ばしよっとっつか!」


 「……いやいやいや、ここ私の部屋・・・・ですから!」


 「俺の部屋は『Ⅱ−17』、つまりこの部屋たい!」


 「私だって『Ⅱ−17』です! と言うか貴方男子ですよね?! 常識的に考えて男子と相部屋なんてありえませんから、貴方寮を間違えてるんじゃないんですか?! いやむしろ、多分ここ女子寮ですから、男子の貴方がここにいるのもおかしいと思うんですけど!」


 「せからしか(うるさい)! “あたしは女”たい!!」


 「……へっ?」



 そう言って不良男子?は被っていたキャップ帽を勢いよく取り、髪紐をほどいて結っていた髪を下ろした。


 さらに上着を脱いで薄着となり、僅かに膨らんだ自身の胸を私に見せた。



 「これでもまだあたしが男やって言わんやろなぁ!」


 「い、いえ……言わん、ですはい……」


 「……ったく、人を見た目で判断するんじゃなか!」


 「ご、ごめんなさい……」



 私を納得させた不良男子……もとい不良女子は服を着直し、置いていった自分の荷物を取りに行く為に玄関へと戻った。


 彼女が荷物を持って戻ってくると、荷物の置き場を確認する為に私に質問をしてきた。その時の口調は、先程までの論争がまるで無かったかのように自然だった。



 「なぁ、どっちのベッド使うとか決まっとるんか? あたし荷物を置きたいんやが」


 「えっ!? いや、まだ決まってないですけど……私はどっちでもいいので、先にそちらが決めてください」


 「んなこと言われてもなぁ……ぶっちゃけあたしも、そんなに場所にはこだわっとらんし」


 「……じゃあ、私さっき下のベッドに座っていたので、そっち使っていいですか?」


 「ああ、全然問題無かよ。じゃああたしは上のベッドやな…………よいしょっと(ボスッ)」



 荷物をベッドに置いた彼女は、ベッドに座って一息つき始めた。その間私は、ずっと体が固まりっぱなしだった。


 するとそれに気づいた彼女が、私の緊張をほぐすような感じで上から優しく語りかけてきた。と思ったら降りてきて私の横に座った。



 「……そんなに固くならんくても良かよ。これからあたしらルームメイトとしてやっていくけん、仲良くしようや!」


 「え、えぇ……そうですね」


 (こういう人とは関わりたくないって言った矢先にこれだよ……)


 「……とは言っても、まずお互いの自己紹介からやな。あたしはリナ。リナ・ベラングリフだ。そっちは?」


 「えっと、アリシア・クーゲルバウムです。魔法科『3−A』クラスで学級長をしています」


 「マジか、あたしの1個下やん! あ、あたしは剣術科の4年生な」


 「それであの、ベラングリフさん……?」


 「あたしのことはリナで良かたい。あとあたしもタメ(語)で話すから、おめぇもタメで話してくれんか? ……んで? あたしに話があるんやろ?」


 (あれ? この人、意外と優しい?)


 「じゃあ、リナ……ちゃんは、何でさっきまでの一人称が『俺』だったの? と言うかそうだよ! 私それと見た目のせいで男だって間違えたんだよ!」


 「んまぁ……それについては、ほぼ癖みたいなもんやけん、許してくれんか?」


 「癖?」


 「あたしの出自の話だよ。そんな面白い話じゃなか」


 「でも、折角だから聞いてみたいな」


 「いや、話していいんなら話すけどよぉ……」



 そうしてリナは少し改まった口調で、自分の出自について話し始めた。



 「…………あたしの家……まあわかりやすくベラングリフ家ってことにすっけど、そこでは昔っから優秀な剣士やら騎士やらを生み出しとったんよ。んで、剣士とか騎士って普通男がなるもんやん?」


 「まぁ、普通はそうだね」


 「ばってん(けれども)女であるあたしがベラングリフ家に生まれちまったもんだから、あたしの周りは母親以外皆男なわけよ。その母親とも一度も会ったことがねぇから、本当に女はあたししかいなかったばい」


 「母親がいなかった、つまり男手1つで育てられた……ということは、リナちゃんも周りの兄弟たちと同じように男として育てられた感じなの?」


 「そうやな。あたしも兄貴たちと同じ修行をさせられたし、同じもんを食わされたし、同じような身なりにだってなった。その影響で普段の一人称は『俺』やし、服装も男っぽいもんになっとったばい。この学校に来たのも、兄貴たちと同じように修行する為やし」


 「お兄さんたちも寮に入ってたの?」


 「いや、寮に入っとんは一家ん中じゃあたしだけばい」


 「え、何で?」


 「…………あたしだって一端の乙女やけん、そりゃあオシャレとかスイーツとかに興味湧いてくるやん??」


 「は、はぁ……」


 (目をキラキラさせながら言われても反応に困るんだが……)


 「ほらあたしの家、男児家系やからそげんもんにうるさそうやろ? だけんあたしはずっと、そげんもんにがばい憧れとってん!」


 「ちょっとちょっと、訛り出ちゃってるよ」


 「……っと、いけねぇ。興奮するとつい訛りが出ちまうんだよなぁ……そう言えばおめぇ、あたしの訛りが変やとは思わんのか?」


 「ん〜……全然思わんよ。親戚にそがん訛りの人がおるけん、耳が慣れてしもうてん。“少しだけ”なら、うちもそげん風に話せるばい」


 「これんどこが“少しだけ”ばい! めちゃくちゃ話せるやん!」


 「いやいや、ほんとに“少しだけ”だから。理解はできるけど、それを変換するのが難しいって感じだから」


 「……まあ良か。んで話を戻すが、家ん中じゃそげんことは出来んから、『己を高める為に寮で修行したい』っちゅう口実を作って寮に入ったってわけよ」


 「つまり剣の修行なんかは実はどうでも良くて・・・・・・・、オシャレがしたいのとスイーツを食べたいから家を出たの?」


 「当たり前やろ! 何当たり前んこと聞いとるっつか!」


 「当たり前なんだ……」


 (そんな事でわざわざ寮を使うのか……まあ私も似たような理由だから人のこと言えないけどさ。そう考えると割と私とリナちゃんって似た者同士なのかも?)


 「そう言えば、アリシアって凄い所のお嬢様なんやろ? なんで寮に入ってんだ? 寮よりも屋敷のほうが住みやすいはずやろ」


 「確かに屋敷のほうが住みやすいよ。でも色々あって、親元を離れたくなったんだよね……」


 「そ、そうなんか。まぁそこは聞かんでおくわ……なぁ、屋敷ってどんなもんなん?」


 「どんなもん? ん〜……ひととおりのことはできるんじゃない? とりあえず不自由はしないかな」


 「マジかよ?! がばい羨ましか〜……あたしの家なんかひととおりのことができない不自由の塊たい……」


 「……良かったらうちに泊まりに来る? と言ってもまだ当分先になりそうだけど……」


 「えっ、行っていいんか!?」


 「勿論! 皆でお泊まり会とか、楽しそうじゃん?」


 「うぉーっ! やったら、楽しみに待っとるけんな!」


 (ん? なんかデジャヴ……)


 「……気に入ってくれるといいけどね。それよりもずっと話しっぱなしだったし、そろそろ自分の荷物出さない?」


 「あ、ああ、そうやな……」



 しばらく2人の間で沈黙が続く。私はこの間に、自分の荷物を取り出したり整理していた。


 話しててわかったけど、多分この人は外見が怖いだけで、実は意外と優しい人なのかもしれないな……



 「……なぁ、さっきは悪かったな。おめぇがルームメイトだって認識すんのに、かなり時間がかかっちまった」


 「き、気にしてないよ。私のほうこそごめん。貴女がルームメイトだって、認めたくなくて……」


 「そりゃあ、不良とは同じ部屋にはなりたくねぇもんな。あたしは慣れとるからいいけどさ」


 「リナちゃん……」


 「それよりさ、荷物出し終わったら体動かしに行かん? 折角の休日なんに、ずっと中におるわけにもいかんやろ!」


 「う、うん。わかった……」



 こうして私は、半ばリナに急かされる形で自分の荷物を出し、リナと共に休日の学校の校庭へとやって来た。


 アルタイル学園は休日でも校庭を自主練場として貸し出していたり、中にはその辺の冒険者が特訓場としても使っていたりする。


 校庭に着き早速倉庫の鍵を借りに行こうとしたところで、リナが私を呼び止めた。その声に反応して、私も足を止める。



 「おめぇが剣術科の不良共に勝ったのって、両方とも体術なんやろ? やったら、先にあたしと体術で組み手やらん? その後に、剣術で組み手っつうことで」


 「……別にいいけどなんで?」


 「んなもん、おめぇが噂通りの強さかどうか気になっとるからばい!」


 「……わかった。そういうことなら、手加減はしないでね?」


 「おめぇに言われなくてもわかっとるよ」



 お互いに拳を構える。その状態のまま硬直が続き、しばらくお互いに出方を探っていた。2人の横を風が吹き抜ける。


 先に動いたのはリナのほうだった。私の顔面目掛けて拳を打ってくる。私はそれを避け、同じようにリナのあばら目掛けて拳を打つ。


 が、負けじと彼女もそれを受け止めて払い、さらに蹴りで反撃してくる。当然私もそれを受け止めて、反撃に宙返りをするようにリナの顎目掛けて蹴りを入れる。が、これもたちまち避けられてしまう。


 以降は、やられてはやり返し、攻められたら攻め返しといった凄まじい本気の攻防が繰り広げられ、さながら王道バトル漫画のような超激闘となった。


 驚くことに、私は少しずつ本気を出しながらリナに挑んでいたのだが、なんとリナはその変化をものともせず、むしろ私と互角ぐらいの闘いにまで持ち込んでいたのだった。


 …………私は全体の半分くらい本気だったけど、それでも私のスピードに着いてこれるってどういうこと? だって『人化』した龍の力の半分の強さだよ?



 「……ふぅ、こんなもんやろ」



 と言ってリナは攻撃を辞め、バク転で後ろに下がる。



 「なるほどな、確かにあの不良共を倒しただけのことはあるやん」


 「そっちこそ、よくあの速さに着いてこれたね……」


 「おめぇ、何ばしたらそげん強うなると?」


 「……そげんもん企業秘密たい」


 「……まそう簡単に教えてくれるわけ無かか……よしっ、やったら次は剣術勝負やろ!」


 「あ、それなら倉庫の鍵借りてこないと」


 「む、それもそうやな。じゃああたしはここで待っとるけん」


 「わかった。すぐ戻ってくるよ」


 (そう言えば剣を使うのはあの授業の時依頼か。間があったとは言えど、さすがに体は衰えていないよな……?)



 そんなことを考えながら鍵を借り2人分の剣を取って戻ってくると、リナは赤いバンダナを着けた冒険者を両手で抑えていた。



 「……何やってんの?」


 「ああ、さっきのあたしらの闘いを見とった冒険者が、是非手合わせしたかって言ってきてさ。おめぇを待っとる間、こん人の相手をしとったんばい」


 「いや、それは見たらわかるけど……なんで冒険者の人ずっと顔真っ赤なの?」


 「さあ? あたしはただ抑えとるだけやし、そげんことは知らん。力だって全然出しとらんし……」


 「…………グギギィ、なんで本気でやってんのに、この子はビクともしないんだ…………(震え声)」


 (あこれ、自分でも力が強くなってるってことに気づいてないやつだ)


 「……ほらおっさん! 連れが戻ってきたけん、これで終わりな!」


 (パッ)


 「……ぃってて…………っと、君がさっきリナちゃんと闘ってた子だね? 初めまして、俺はバンダ・ナッケルだ。よろしくね」


 「は、はぁ。私はアリシアです。よろしく……」


 「アリシアちゃんか。そうそう、さっきの君たちの闘い見てたけど、あれ凄かったね! なんて言うか、お互いに一歩も譲らないっていう感じで……あそうだ! ねぇアリシアちゃん、良かったら俺と組み手を……」


 「おっさ〜ん、元々あたしら2人で組み手しとったけん、横入りはやめてくれん?」


 「大丈夫、そんなに時間は取らないから。少しだけ、少しだけ俺に付き合ってくれるだけでいいから……」


 「せからしか……そろそろ痛い目に逢いてぇんかぁ?! (ギロッ)」


 (!?)


 「……あ〜…………そ、そうだね。確かに、横入りは良くないね、うん。先約があるなら、先にそっち優先すべきだよね、うん。ごめんね、邪魔しちゃって。じゃ俺、用事を思い出したからこれで!」


 (ピューッ……)


 (大人でも、リナちゃんのあの怖さにはビビるもんなのか……用事、とか言ってたけど、あれ絶対逃げただけだよね。しかも凄く早口だったし)


 「……ったく、傍迷惑なやつたい。アリシアも、横入りはいかんて思うよな?」


 「……え、うん、思う……」


 「だよな! そうと決まれば、早速さっきの続きをしようぜ! っとその前に……あのおっさん、何か落としてったな」



 と言って、リナは地面に落ちている何か光った物に向かい、それを拾い上げる。光っていたのは、太陽光を反射していた一枚のカードだった。



 「これは……あのおっさんの“ギルドクランメンバー認定カード”やな。なんでこげんもん落としていったんだ?」


 「その“ギルドクランメンバー認定カード”って……何? そもそも、ギルドクランって何?」


 「あ〜……ギルドってのは依頼を受けて報酬を貰ったりする所で、クランってのは冒険者パーティー同士の大きな集まりのことやな。普通、ギルドは基本的には誰でも使えるんやが、ギルドクランの場合は、クランがギルドを貸し切って活動しとる。で“これ”は、簡単に言えばその“会員証”みたいなもんたい」


 「ギルドクランになると、何かいいことがあるの?」


 「んまぁ……色んな情報が回ってきたり、報酬が多くなったり、難しい依頼に協力してもらえたり、名前が各地で広まったりとかやろうが、ばってん今のあたしらには縁も繋がりも無かよ」


 「なるほど……ギルドクランに名前ってあるの?」


 「勿論あるたい。ギルドクランの名前は、そこが貸し切っとるギルドの名前から取るんが一般的やな。このおっさんとこのギルドクランは……『トロン』って名前みたいやが、まあどうせ大したこと無い所やろ」


 「……それはさすがに言いすぎなのでは……」


 「……んなことよりさっさと続きをするたい! おら、剣をくれ! (ポイッ)」


 「う、うん。はい、どうぞ……」


 (あのカード、普通に捨てたな……(チラッ))


 「おぉ、これこれ! この手に馴染む感覚、たまらんばい!」


 (ブンブン)


 (そう言えばリナちゃんとこって、剣士やら騎士やらを育て上げてきた家なんだっけ。下手したら剣術のほうがよっぽど強いかもしれないな……)


 「……えーっと、それじゃあ始めよっか。形式はさっきのと同じのでいい?」


 「んや、そん前にあたしのとっておきを受けてくれんか? おめぇ相手にはたして通じんのか、気になってきたばい」


 「……剣士は簡単に自分の手の内を明かさないって、私聞いた事あるけど?」


 「細けぇこたぁ気にすんな! ただの好奇心たい!」


 「その好奇心を抑えるっていう努力は……まいいや。じゃあそっちの好きなタイミングでどうぞ」


 「うっし! 行くぜ、あたしの必殺剣……『疾風しっぷう連撃』ぃぃぃっ!」



 まるで剣そのものの重さを感じさせない程に、勢いよく、豪快に、かつ目にも止まらぬような速さでリナは私に向けて剣を振りまくる。



 (シュバババババババババババババババ……)



 普通の人なら受けきるだけでも精一杯だが、生憎私は普通じゃない・・・・・・ので、全ての攻撃を見てから避けることができた。



 (ササササササササササササササササッ……)



 さすがの彼女も、これには驚きの表情を隠せていなかった。文字通り、目を丸くしながら。


 そうして彼女が全ての攻撃を振り終えると、彼女はひどく疲れ果てたようで荒い呼吸をしばらく繰り返していた。息を整えた後、彼女はこう言った。



 「…………嘘やろ? 何であたしの攻撃、全部避けれたと? おめぇ、何ばしたと?」


 「……何もしとらん! 正真正銘実力たい! ……まぁあえて言うのであれば、“当たらなければどうということは無い”理論?」


 「……ははっ、マジか…………めちゃくちゃ自信あったんやけどなぁ、一発も当てられんとなると、さすがのあたしでもへこむわぁ……」


 「……良かったら、私の『疾風連撃』食らってみる? なんなら、私がもっと強くなるように教えてあげよっか?」


 「……ん? おめぇもこの技が使えるんか?」


 「うん、使えるよ」


 (そりゃだって今覚えたばっかだしね)


 「……まぁそんな難しい技じゃねぇもんな。よっしゃ、アリシアの『疾風連撃』がどんなもんか、あたしがその身で確かめてやる。教えてもらうんはその後たい!」


 「わかった……じゃ行くよ! 『疾風連撃』、1倍速!」


 (シュバババババババババババババババ……)


 (カンカンカンカンカンカンカンカン……)


 「これが、さっきの速さね」


 「うぉっ、流石やな……こりゃ確かに受けきるだけで精一杯やんけ……」



 と言いつつも、彼女は私の攻撃を全て受けきっており、その表情はどこか余裕そうだ。



 「ここから更にスピード上げるよ。『疾風連撃』、1.2倍速!」


 (シュバババババババババババババババ……)


 (カンカンカンカンカンカンカンカン……)


 「ちょっ、マジかっ!」



 スピードを上げると同時に、先程までの余裕そうだった表情が一変して少し苦しそうな表情になった。それでも全ての攻撃を受けきっている。



 「どこまで耐えられるかな? 一気に飛ばして1.5(倍速)!」


 (シュバババババババババババババババ……)


 (カカカカカカカカカカカカカカカカン……)


 「待ってやべぇ! これやべぇってぇ! ……降参! あたしはもう降参するたい!」



 最初はなんとか全ての攻撃を受けきっていた彼女だったが、あまりの速さに耐えきれずに遂には降参した。その声に反応して私も腕を止める。


 彼女の性格から考えると余程のことが無い限り自分から降参はしなさそうだが、そんな彼女が降参する程この攻撃は余程のこと・・・・・だったのだろう。


 ……これ、速くしすぎると肩外れそうだな……気をつけよ。



 「……いくらなんでも強すぎるやろ……もうおめぇ1人でドラゴン倒せるんじゃなかか?」


 (いやいや、本物はもっと強いから……)


 「……ドラゴンを倒せるかはわかんないけど、ドラゴンっぽい技は持ってるよ。さっき技を見せてくれたお礼に、私もその技を見せてあげる」


 「ドラゴンっぽい技……?」


 「避けてもいいし、受けてもいいし、とにかく見ててよ」


 「お、おう……」



 そう言って剣を両手に持って自分の左後ろに構え、大きく深呼吸をする。



 「……よし…………『龍尾撃ドラゴン・テール』……!」



 その声と同時に、剣から龍の尻尾を模した闘気オーラが出てくる。そして目の前のリナに向けて力いっぱいそれを振る。


 彼女ならきっとなんとかしてくれる。仮に受けきれなかったとしても、私の『超回復メガ・ヒール』があるから特に問題は無い。そう思いながら、遠慮なく思いっきり振る。



 「…………こ、これは……無理!」


 (ピョーンッ)



 重く振りかぶった一撃を、彼女はすんでのところで跳んで避けて見せた。その下を『龍尾撃ドラゴン・テール』が通り過ぎていく。



 (スタッ)


 「…………っぶなぁ〜……いやぁ、受けれるやろと思っとったんやけどなあ、ありゃ無理ばい……」


 「……ま、万が一吹っ飛ばされたとしても、私が傷を治したけどね」



 と言いながら剣から出た尻尾の闘気を消す。



 「……なあ、どやんしたらそげん風に強くなるんか、あたしにもっと教えてくれんか? あたしはおめぇみてぇになりたい」


 「いいよ。あんまり深い内容は教えられないけど……これだけは覚えておいて。『強さってやつは力だけじゃない、技だけでもない。だよ』」


 「……ああ、肝に命じておくばい」


 「じゃあ、早速だけど──」




 こうして私は技を教えたり剣を交えながら、日が暮れるまで彼女に付き合った。その頃には、2人ともクタクタに疲れ果てて仰向けに倒れていた。


 徐々に街が闇に染まっていき、夕陽の斜光が私たちの顔をそっと照らす。お互い息があがっているところに、リナがこう呟いた。



 「──はぁ……はぁ…………今日は、あたしに付き合ってくれてありがとな。それと、無理に付き合わせて悪かったな……良かったら、また付き合ってくれんか?」


 「……はぁ……はぁ…………こんなに疲れるの、またやるの? 別にいいけど、しばらくは勘弁させて……」


 「あたしも、久々にがばい疲れたわ……」



 お互い疲労からか会話が続かない。そんな私の視界には、茜色の空が一面に広がっている。



 「……ねぇ」


 「……ん?」


 「……空って、こんなに綺麗なんだね」


 「……あぁ、そうやな。確かに、空は綺麗たい。少なくとも、この瞬間は今この時しか無かね」


 「そうだね……」


 「……にしても腹減ったな〜。そろそろ夜飯の時間やけん、寮に帰らん?」



 と言ってリナが跳ね起きで立ち上がる。それを見て私も遅れて普通に立ち上がる。



 「……そりゃこの時間だし、そろそろ帰らないとね」


 「うっし! じゃ帰ろうぜ!」


 「あ、待って。やり忘れたことが1つあるの」


 「やり忘れたこと? 何ね?」


 「その……『友達の誓い』って言うんだけど……」


 「……ああ、学校で話題になっとるあれか。良かよ。ほら、手ぇ出さんね」


 「う、うん……!」


 (私発信のはずなのに、いつの間にか学校で話題に……まいいや)



 朱く染まった茜色の空の下で、私たちは固く友達の誓いをした。握ってきた彼女の手は凄く温かく感じた。


 この状況は、不良喧嘩物によくある「お前、やるじゃねぇか……」「てめぇもな……」からのお互いを認め合った固い握手というシチュエーションに似ていたので、私的には組み手の後に友達の誓いがしたかったのだ。



 「……あたしらまだ知り合って1日も経っとらんが、おめぇとあたしはズッ友たい!」


 「ズッ友……」


 「あ勿論、アリシアの友達ともあたしは仲良くなったるからな? そこんとこ勘違いすんなよ?」


 「……ふふっ、わかってるよ」



 彼女の見た目とは裏腹に、友達思いで人を大切にするところにギャップを感じ、思わず私はクスッとしてしまった。この反応を見た彼女は少し照れているようにも見える。



 「……私の友達も、その内ちゃんと紹介するね?」

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